open eyes ...





ぱちぱちと瞬きをして、屋上に寝転がったまま周りを視線だけで見回した。

淡い大陽は頭上の片隅に。
風は、新緑の匂いと葉擦れの音を運んできた。
加えて、チャイムの鐘の音も。

変わりそうな空気の温度に目覚めを促されて、キラはゆっくりと起き上がった。





授業をサボるのも最早いつものこと。
ただ教科書をさらうだけの中身に用はない。
睡眠時間を確保する方が余程ためになる。

雲に霞み始めた陽射しに向けて視線を上げる。

自分以外は誰もいない屋上で、キラは一人アスファルトに座り込んだまま胡座をかいた。

徐々に雨の匂いが漂い始めた。
緑に混ざって土の匂いも。大気が冷えていく。
遊ぶ前髪に強い風が通り抜けた。

…もうすぐ雨が降りそうだ。

今にも泣き出しそうな空というけど、不安定な曇り空はそれだけで気持ちがすっきりしない。
寝起きの頭だからじゃない。塗り潰したような色になり始めた空が悪いのだ。


パタパタと、足音が聞こえてきた。

すぐに、扉が開く音。


「キラさん、お昼ですよ」

少し不貞腐れたような声音はもう聞き慣れた。

振り返りはしなかった。
釘付けになったように、空から目を離さない。
二人分の足音を聞き取って、声だけを向けた。

「…空、暗くなってきたね」
「あれ、今日雨だっけ?」
「ああ」
「いつまで続くか知ってる?」
「いえ…すみません。午後から降るとしか」

どうかしましたか?と続けたレイに、キラはぽつりと呟いた。

「あのさ。今日僕の誕生日なんだよね」
「…え。…そうなんですか」

驚いたようなシンの声を、背後に聞いた。

「そう。誕生日。バースデー。今日という日に僕は生まれた」
「何回言うんですか」

今度は呆れたようなシンの声。

「それでさ」

朝から重なるように増えていく雲。
真っ白だったそれは、空一面を覆って灰色になりつつある。

「そんな日に晴れてないのは、すごく不満なんだよね。…だから」

二人を振り返り、


「お願い、太陽を持ってきて?」

にっこりと、笑った。


「………」
「………」

…なんでそんなに顔を歪めているのかな?

レイは比較的無表情に近いけど、あえて言うなら意味が理解出来ないと沈黙している。
シンなんて、あからさまにアホですかアンタと顔に書いてある。うん。シンの内申書を勝手に改竄しちゃいたくなるレベル。

「あはは。二人とも分かりやすすぎ」
「………」
「………」
「僕の誕生日なんだし、ワガママが無条件で許される日になってもいいと思わない?」

立ち尽くしている二人に向けて、笑顔を絶やさず問い掛ける。
何かを言おうとしたシンを遮り、レイが冷静な顔に戻って呟いた。

「誕生日とか、普通はそんなに主張しないものですけどね…先輩らしいと言えばそうでしょうが…」
「そうなの?…自己アピールは大事だと思うんだけどな」

折角の、一年に一度の自分の日なんだから。

「今日ぐらいは、僕もやりたいことをやってもいいと思うんだよね」
「ツッコみませんよ俺は」

俺には何も聞こえないと言わんばかりにシンは視線を外し、しまいには耳まで塞ぐ素振りを見せる。

「後輩甲斐のないコたちだなー」

まぁいいけど。
あっさり前を向き直したキラは、ごはん食べようかとあっさり話題を引いた。

またいつものからかいかと納得したらしい。
溜め息を付きながらシンはキラの前に座り、立ったまま何かを考え込んでいる様子のレイにも座るよう促した。

三人揃っての昼食が始まっても、シンはぶちぶちと文句を言ってくる。

「キラさんの気紛れは際限がなさすぎ」
「そうかなぁ」
「そうです!」

出来ることと出来ないことぐらい分けて下さいよとぼやきながら、シンはジュースをすする。
キラはサンドイッチのシールをぺりぺりと剥がしながら、

「晴れた空って、やっぱり贅沢なのかなぁ」
「そんなに見たかったんですか」
「うん。だって、誕生日だもん」
「キラさんの言い方だとありがたみが薄れる」

シンは再び溜め息を付き、レイは何故かじっとこちらを見詰めてきた。
それが何かを聞きたがっている視線にも見えたが、キラはただ笑顔だけを返した。

今の僕の気持ちなんて、シンプルなものだ。

「やっぱりさ、青空を見たいじゃない?」

生まれたことを祝福してくれるような、さ。
ただ、それだけだった。





昼休みが終わり、二人は屋上から去っていった。

一人に戻ったキラは、再び曇天の空を仰ぐ。
風が一層冷たくなり、強くなってきた。

朝の天気予報とやらは、確認してこなかった。
だから、これからやがては晴れるのか、曇りのままなのか、雨が明日まで続くのかも分からない。けれど確実に雨は降る。

…最初は、どっちでもいいと思った。

だから天気予報なんか見なかった。
見たってどうせ、空は変わらない。

けど、朝には多少なりともあった青空が段々と隠れていくことが惜しくなった。燦々と見えていた緑までもが萎れていくようで、つまらなく感じた。
せっかくだから、太陽が見たいなぁと思ってしまったのだ。

その為に口にした、後輩達への『お願い』。

どうせ無理だと分かってた。
天候を操る力など、人にはない。
学園を好きに出来るという自負のある自分にだって、当然だが好きに天候は変えられない。

「天気も自由にできる力があればいいのに」

もしくは、そんな世界。
欲しい天気を、欲しい日に広げられる世界があれば良かったのにと不意に思う。…でもそれもつまんない世界かとすぐに否定した。

自由のない世界も嫌いだが、つまらない世界も同じくらい嫌いだった。


ぽつりと、頬に水の感触。
やはり降ってきてしまった。

立ち上がってひとまず濡れない場所に移動し、屋上入口の屋根の下から雨空を見上げた。


サァサァと降り始めた曇天―――。


「うっとうしい空」


どうにもならない景色が、そこにある。

キラは力ない視線で暫く雨を見続けた。
頬に掛かる水滴も肌を舐める冷気も無視して、雨宿りで動けない人間を演じるかのように、ただ立ち尽くした。


遠くから、終鈴のチャイムが鳴り響く。


雨音が、全ての世界を遮断する。


雨は、いろんなものが縛られる。制限される。
自分の大切なものを窓の向こうに閉じ込めていた幻が過る。
早くあがれと恨めしく睨むだけだった頃の…。

「………」

足元に眼を落とせば、やっぱりそこにあるのも灰色の地面。冷えた空気が底から上がってきては、寂しい景色を作り出す。

誕生日だからと、今更望むものはなかった。

青空を見たいと思うのは、やっぱり贅沢な願いだったのだろうか。だから、どうにもならない世界は嫌いなんだ…。天を睨もうとして失敗し、表情は不格好に歪んだだけだった。


二度目のチャイム。本鈴の合図。

何故かさっきよりもはっきりと聞こえた、鐘の音。今日最後の授業開始のチャイムだと、ぼんやり思った。


俯いたままの視界に、沢山の波紋。

……やがて、少しずつ消えていくそれ。


ぽつん、と一滴。雨粒が地面を打った。

たん、と地面を弾く音が聞こえた気がして、ゆっくりと顔を上げた。


「…あ」


空の色が、白く。

薄墨色の世界が、銀色に変わり。



「―――たいよう、だ」



見えたのは、晴天の青空じゃない。

でもそれは、天使の梯子。
雲間からの光は、確かに地上に祝福を送るように美しく射し込んで輝く。


バタバタと背後から聞こえた足音。

バタン!と勢いよく開いた扉。


「キラさ…っ!空!!」


目を輝かせて飛び込んできた後輩に驚き。

それから、その息切れした姿に気を抜かれ。


水溜まりに映ったキラの表情は、確かな笑顔だった。









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