open eyes ...





目の前に広がるのは、星々の海。
それから、耳を通り抜けていく風の声。

「…すごい…」

屋上の柵に寄りかかるようにして座ったまま、首が痛くなる程に頭上を見上げ、夜の空をキラは見る。


ディスプレイ一面に映る宇宙の映像も凄いが、やっぱり風のある景色の方がずっといい。

感動は尽きない。飽きることもない。
なのに首が先に疲れてしまって、仕方なく視線を下ろした。
天上から目線の高さに視界が移っても、星の多さは変わらなかった。地平線まで届く光の粒。

自然と口が緩んで、ほうっと安堵の息を付く。
凝った腕と肩を大きく伸ばしてから、全身を弛緩させた。寄り掛かった柵が音をたてる。


プラントの地にも柔らかな季節がやって来て、…正しくは、季節をそう生み出して、生命に優しい環境になった。

温暖な気候は、あの島での日々を思い出す。

あの場所も、沢山の星に囲まれていた。
海抜の低い島、それでも四方が海だったから、瞬く星も降る星もよく見えた。
こことの違いは、潮の香りがないこと。

「なつかしいな…」

大して時間は過ぎていない筈なのに、重なる景色と、それとは明らかに違う今の風景に切なくなった。…そっと膝を抱える。


地球から、ただ一人だけを連れて空に渡った。
親友にも双子の片割れにも何も告げず、自分の望みのためだけに砂時計の星の地を踏んだ。

改めて出会えた仲間達も、新しく出来た友人もいるけれど、一番の驚きは今自分が立っている場所かもしれない。惑星の最高地位にいる者の近く…その命すら狙える傍らに、在るなんて。

再び星空を仰ぐ。伸ばした指先の間に散る光。

「…空…か…」

近付いたのだろうか。遠退いたのだろうか。
地球の孤島から見上げた青空を越えてここまで来たのに、今目の前にある景色は遥かに遠い。

「…星の場所も…、違うんだな…」

星座と呼ばれた天体の配置図は、立つ場所を変えれば色も光も形も違う。
見えなかったものも、見えてくるのだろう。


…それでも、この空を、綺麗だと思った。


いろんな宇宙を見てきた。でも、屋上から見る星空もまた格別に美しかった。
遮るもののない、一面の夜。

そこに、ちっぽけな自分はうずくまる。

高さは、権力の象徴。けれど、足が地についていないようで落ち着かない。自分の足元がぐらぐらと揺れて、不安定なままだ。
ここにいる後悔はないのに、時々そう思う。

やっぱり、砂浜や緑の地面に立っている方が、自分には合ってる気がした。



ピピ…と端末が鳴った。
取り出したそれを見て、溜め息を付く。
もう少しここにいたかったが、役目があるなら行くしかない。

立ち上がって歩き出したところで、再び端末が鳴った。

『今何処にいる?』―――不思議に思いながら素直に場所を伝えたら、『緊急の用ではないから、直接そちらに行こう』と返って来て、キラは更に目を丸くした。







「今一番忙しい人が、平気なんですか?」
「君こそ、折角の休息を邪魔して悪かったな」

それは別に…、とだけ返して、隣に立つ人を見る。

今更だが、本当に、この人は隣にいるのだ。
やっぱり時々現実味がなくて、ぼんやり見詰めてしまう。

「どうした?」
「…いえ。…それより、用事とは何ですか?」
「色々と聞きたいことがあったんだが、それは明日でいい。こんな場所で殺伐とした話をするのも気が引ける」

思いの外、議長その人にも響く何かがあったらしい。キラのいる場所までわざわざやって来たのも、その為の理由付けだったのかもしれない。それぐらい、気持ちの鎮まる景色だった。

何を話すこともなく、二人が並ぶ。

それが既に、お互いのテリトリーの中、互いに好きにすればいいという暗黙の了解だった。

相手がこちらに合わせてくれるというのなら、特に遠慮はしない。キラは、さっきまでの体勢に戻って腰を下ろした。

座っている方が、空が広く感じられる。
その分、遠くなってしまうのが残念だけど。
距離なんて今更大した違いはない。なら、せめて気分ぐらいは開放されたものになるように。


「…―――誕生日」


え、と顔を上げた。

「今日は、君の誕生日だったんだな」
「………。……ああ、…そうでしたね」

その程度の感動しかない。温かい日々なんて、この星に来ようと決めた時に全てあの島に置いてきた。

そういえば、今日は早くに帰れますかとメールも来ていた。ごめん、分からない、といつものように返してしまった気がする。あとで改めて謝罪のメールを送ろう。

「忘れてたのか?」
「忘れてたというか…意識してなかったというか」

いつの間にか迎えていた誕生日。

夜の深い気配に満ちた空を見る。
既に遅い時刻、間もなく日付も変わるだろう。

一瞬だけ、風が吹き抜けていった。

「…そっか…誕生日…」

思い出したら、何となくいつもとは違う色へと景色が変わった気がした。
視界いっぱいの夜が、少しだけ澄んだものに。
星が、いつもより多くて美しく光り出したように感じて、自嘲する。

意識をしていないと、こんなにも違うんだ。
朝から今この時まで、一日には何の特別も感じられなかったのに。自覚した途端これだ。
それでも眼を細めずにはいられなかった。

「…日付遅れのプレゼントでも、と思ったが」

言葉に、視線を向けたら、

「星が、君の望むものか?」
「………、……議長が言うと、なんだか冗談に聞こえなくて怖いです」

イエスと言えば、どんな答えをくれるというのか。返ってくる言葉に興味はあるが、不穏な気持ちも沸くのが正直なところ。

「それとも現実的に、休暇でもあげようか?」
「いりません」

欲しいものなど特にない。誕生日には好きなものが手に入る、なんて。そう夢を見られた時間は、もうとうに過ぎ去った。

「欲がないな」
「別に…」

貴方に言っても、と顔が歪む。
プレゼントを貰うような関係でもあるまいし。

部下への労いの一つだろうと分かるものの、残念がる態度に楽しげな気配も感じられるから、キラは素直に受け取ることが出来ない。

「いくつになっても、誕生日というのは特別だろう?…少しだけ一日が変わって見える。誰かに望みを聞かれたら、少しぐらい我儘を言いたくなる」

じゃあ、大人の貴方にも望むことはあるんですか、と言いたくなったが、どうせ無駄だと言葉を飲み込む。質問への正しい答えなど、返って来る筈もない。

「私にしか出来ないことがあるなら、叶えられればいいと思ったんだ。日頃のお礼にね」
「………、……なら…」


だから、僕の欲しい、ではなくて、それは。

貴方に―――ギルバート・デュランダルという人間に望みたいことは。


「なら、今度は僕が、議長の誕生日にまた同じ質問をします。…貴方が欲しいものは何ですかって」

生まれた日を迎えた特権に、ささやかな我儘を口にすることが許されるならば。

「その時でいい。その質問に、正しく答えを下さい。…それが今日、僕の誕生日に…貴方に望むことです」

いつか教えて下さいと告げたとして、そのまま永遠に答えは聞けない気がした。

まるで曖昧な未来予想図に思えたけれど、確かな約束も誓約も、将来の姿すら想像も出来ない二人には、丁度良い言葉なのかもしれない。

都合の良い、形なのかもしれない。

「私の誕生日を知っていてくれるのならば、光栄なことだ」
「情報は僕の武器ですよ」

見上げた夜空は絶えることなくそこにある。
きっとこれだけは、これから先二人を取り巻く世界が変わっても変わらず残り続けるだろう。


本当に欲しいものは、永遠に手に入らない。
星に手を伸ばすように、手が届かないように、指先に触れることすら叶わず天上に輝き続ける光。

だからこそ美しく、無垢なものなのだと思う。

粒子の世界の集合体。星が生まれた瞬間は、いつだって神聖な目映さに充ちている。


「何も贈れはしないが、感謝はしているよ。君が生まれたことに」

周りは暗くて、相手がどんな顔をしているかは分からなかった。…きっといつもの、万人受けする笑顔だろうな。

「だからせめて、おめでとうぐらいは言わせてくれないか」
「………回りくどい」

おめでとう、なんて言葉、貴方から貰うと何だか恐ろしい。
思わず口元が緩んでしまって、それに気付いて複雑な気持ちで笑った。

せめて相手にバレないように、暗闇でリセットするために。…膝に顔を埋めた。





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