白に黒が混ざった軍服の、その背中―――。

それは、どちらかと言えば大人達の、軍歴も人生経験も豊富な者達に与えられる職位だと思っていた。…その、象徴。

それを受けた者は、大体が艦長か中隊長の任に付くと聞く。人を従える手腕を兼ね備えた者として。そして与えられた権限と同時に、部下の命と責任を背負うのだ。

キラはMS操縦者としては多様な場を潜って来た身だが、指揮官としての経験は至極浅い。
その為、歳も近いこともあり、一時的にイザーク・ジュールの指導下に入ることとなった。



始まりは多分、互いに探り探りだっただろう。
不機嫌そうな相手の顔に、キラもまた緊張を隠せなかった初日。

貴様に隊長などと呼ばれたくはない。
敬語も止めろ。腹が立つ。
キツい物言いと視線に、最初は戸惑いがあったものだが…今はもう、それすら懐かしい。

あの時の彼は、「自分と対等でいろ」と、遠回しに告げていたのだ。

それを悟った時、あいつは素直じゃない上に不器用口下手なんだよ、と散々笑っていたディアッカの言葉を思い出して、キラもまた微かに笑ってしまったのは記憶に新しい。勿論、気付かれて睨み付けられたけど。

敬語だけは未だ癖のようになかなか抜けずにいるが、互いの距離は随分と近くなったと思う。

ほぼ付きっきりで指導をしてもらうことになってから、早くも三週間余りの時が過ぎ―――。





「…どうした」

施設内の中庭を、二人連れ立って歩いていたさなか。
途切れた会話の境目の、キラがふと顔を上げた仕草にイザークは反応した。

「…いえ…」

キラは首を振る。
何となく街路樹が気になって見上げてみただけだった。どんなに時間が経っても、常緑樹のようにここでは緑の葉が枯れることはない。
でも何となく、空気が暖かくなっている気がした。

「もうすぐ春だなって」

プラントの気候はあくまで模倣。
けれど地球に合わせてあるから、季節はもうすぐ春なのだ。

「…お前は空を見るんだな」
「え?」
「春は地面に花が咲く季節だろう。なのにお前は、春を感じたら空を見るのか」
「―――…」

言われてそうだと気が付いた。
思わず止まってしまった足の次、ふと目を向けたのは空だった。
そしてそこに重なった風景に、キラはああそうか、と納得した。


「思い出の花が、浮かびました」


この、空を背景に佇む枝葉の先に。
霞のように掛かる美しい花を。

「ここの木が全部、その花ならいいのにと思って」
「木に、花が咲く?」
「はい。僕にとっての春の花は、木の枝に咲く花なんですよ」
「あの高木に?…珍しいな」
「プラントでは、あまり馴染みがないみたいですね」

水色の静かな眼に、興味の感情が過るのを見付けた。近しくなることで知った、彼の異文化好きの性格。
だからキラは、少しだけその花の説明を口にした。自分の思い出もまた、小さく混ぜながら。

一通り聞き終えて納得した様子のイザークは、

「なるほどな。だからお前は気付くと空ばかり見てたというわけか」
「…そんなに見てました?」
「眠いのかと疑いたくなるぐらい、ただぼんやりと突っ立ってた」

冗談のような軽口に小さく笑って、キラはふと昔の自分を思い出した。


…―――その時も、プラントにいた。


庭には花が咲き誇り、視界に過るそればかりを見ていた気がするあの頃。
その時の空の色は、正直あまり覚えていない。

「…初めてプラントに来た時は、俯いてばかりでしたよ」

なんとなく、何も見たくないと顔を背けた気持ちになっていたあの時の自分。溜め息もひっきりなしだったかもしれない。

「それでよく、頭を柱や窓にぶつけてました」

今は無き痛みを思い出して、キラは苦笑いしながら額を押さえる真似をする。
どんくさい奴め…とでも思っているんだろう。イザークの眉が寄る。

「けど、雨が降る時間になったり、夜になった後なんかは空を見るようになりました」
「何故だ?」
「なんででしょうね。無意識に、でしたから」

かの歌姫は、キラのその姿に嬉しそうに微笑んでいたけれど。

「多分…、空に見たいものがあったから、なのかな」
「………」

沈黙するばかりのイザークは、キラの横顔をじっと見るばかりで、何も言わなかった。
冷たく見える無表情に見据えられるのも、もう随分と慣れた空気だ。悪いものではない。

「早く花が咲けばいいですね。春が来たのが実感できるし…ここは季節が分かりにくいから」
「…そうだな」

季節が変わって時の流れを悟る。
そんな風景の中で生きていたキラには、この星は変化が乏しくて……いつの間にか時間が過ぎ去っていく気がした。…美しい季節すら、気付かずに通り過ぎてしまう。

「春が来るまでには、僕ももう少しマシな隊長になろうと思ってます」

貴方にも認めて貰わなくてはいけないし。
イザークにふと笑い掛け、もう一度空を見た。

空の色は蒼く透明なばかりで霞むこともない。
雨が滴るわけでも、星が輝くわけでもない、穏やかなばかりの静かな空を、キラは追う。

「………、…空を見て」
「…?」
「そこで何かを待っているのかその先の何処かに行きたいのかは知らんが、お前が今いる場所はここだ。…だから、逃げ出すんじゃないぞ」

それだけを告げて歩き出す白い背中。真っ直ぐな背と銀色の髪は、その隊長服にとてもよく似合っていた。

…早く、隣に相応しく在れるように。

久しぶりに浮かんだ確かな意思。春の花が芽吹くようなそれは、新しい季節を告げる一歩だ。

はい、と頷いて、キラはその背を追い掛けた。



「技術や指導力はもう問題ないだろう。あとは心構えだ」
「こころがまえ…」
「あいつみたいな不真面目にだけはなるな。それから勝手に脱走もするな」
「ふふ。二人はイザークのトラウマですね」

渋い顔の彼に笑いながら、キラは願う。
いつか、四人で月に行こう。
思い出の上書きではなく、重ねられるように。
きっと、賑やかで楽しい一日になる。

次に思い出の花を見る時は、自分の姿は子供のそれではなくなっていることだけが、確かなことだろう。
着慣れないままの白なのか、それとも随分馴染んで背筋を伸ばして立っていられるのか。心は育っているのか想像すら付かないけれど。


不意に過った暖かな風に顔を上げ、揺れた髪を押さえて空を見た。

緑の枝葉に、薄紅色の幻が見えた気がした。





僕はこの年、プラントで春を迎える―――。





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