「シン。お待たせ」

就業中の合間、久しぶりに彼と会った。
私服のままでぼんやりと座り込んでいたシンに声を掛ければ、その顔がぱっと振り向く。

そして、その表情が微かな驚きを浮かべたのに気付き、キラは弱々しく笑い返した。







シンは現在、休暇中だった。
休息期間中と言った方が正しいかもしれない。あの最終戦からこちら、色々な意味での心の整理の為、少しの間だけ軍を離れていた。

彼からは軍を退役しようという言葉を聞いてはいない。彼の中の軍人でいることへの理由も指針は、戦争を通して揺らいでしまった。
だから、色々なことを考える時間が欲しくて休息を取り、あちこちを巡っているのだろう。


そんなシンから、ある日連絡が来た。

…少しだけ時間が取れますか、と。


人事や作業、諸々の理由によりキラ自身休みがなかなか取れ無かったから、申し訳ないが就業中の合間にこちらに立ち寄って貰ったのだ。

シンと直接会うのは、久しぶり。
だから、彼はキラの昇格を知らなかった。


「隊長に…なったんですね」
「うん。…似合わないかな?」

シンは首をふった。
少しだけ寂しそうな顔だった。
彼にとっては複雑な思いもあるだろう。

「キラさんは…、もう軍から離れるだろうって思ってました」
「…うん」
「隊長クラスにまでなったら、もう自分だけのことじゃなくなるし…。本当の意味で軍人になってしまうのに」

そうだね、と静かに頷いた。

突出した戦闘能力故の軍属だったことも否めないこれまでとは違って、闘うこと以外の責任も判断も背負わなければならない。
個人の意思だけでは、もう離れられなくなる。

「でももう、前みたいに空を気にしてばかりは嫌だと思ったから」
「…そう…ですか…」
「今はまだ、勉強中の身だけどね」
「………、……似合ってると…思います…」

その、隊長服。
ぽそりと付け足された言葉に、キラはありがとうと笑った。

シンはもう一度首を振る。
小さく笑い返してくれたことに、少しだけ肩の荷が下りた気がした。


「それで、何か用があった?」
「あ、そうでした。…あの…、もし次の休みに時間が取れたら…でいいんですけど…、一緒に来て欲しいところがあって」
「…?」
「見せたいものがあるっていうか…」

目的をもごもごと濁すシンに首を傾げつつも、次に休暇が入るのはいつだったかと考える。「どこかに行くの?」と問い返した。

シンが、ぱっと顔を上げた。


「地球に―――」













海を背後に見渡すその場所で、色は点々と落ちていた。人工では造り出せないその色は、頼りなく揺れるまま。

慰霊碑をひっそりと囲むように咲くそれらは、緑の草の隙間を埋めるように潮風にそよぐ。


…―――それは、小さな小さな、


「花が…」
「はい!咲いたんです!」

波間の残光と、満面の笑みで振り返ったその顔に、キラは目を細めた。海を照り返す光はとても眩しくて、目元を手で覆う。

「これを見付けて、俺なんか嬉しくなって。ちゃんと時間は流れてるんだなって思えて…、花が咲いてるとこ、キラさんにも見せたかったんです!」

海岸に流れ着いた貝殻を見付けて喜ぶ子供のように、シンは惜し気もなく笑う。


…その、足元に。その、背景に。

広がる生命の色に、…ただ。


「―――…」
「キラ…さん?」

キラは穏やかに笑い、目を閉じた。
瞼裏の残像は美しく脳裏に蘇る。

「きれい…だね」
「…!…はい!」
「花が…、ちゃんと咲いてる…」

シンは、喜びを引き継ぐように言葉を繋げた。

「もう少し経って本当の春が来れば、もっと沢山花が咲くと思うんです」
「うん。…きっともうすぐ、咲いてくれる」

はい!と君は笑う。
太陽に愛された大輪の花のように。

君が、僕をここに連れてきてくれた。
きっとそれにも、大きな意味があると思った。
未来に望みを掛けて誓い合った『いつか』の願いは、確かにこうして芽生えた。

「早く…春が来るといいね…」
「もうすぐですよ。この辺りももう随分とあったかくなってきたから」

地球の春まで、あともう少し。
大地の野に咲く花は、一番始めに季節を生む。
風は既に、海風に乗っても尚、穏やかだった。

空気をいっぱいにして大きく呼吸したキラに、シンはぽそ…と呟いた。

「…キラさんといると、もう春と一緒にいるみたいな気がするけど…」
「…?…そんなこと言われたの、初めてだよ」

よく意味が分からない。能天気ということなのか。言った本人はとても上機嫌なのが不思議だった。シンははにかみ照れくさそうにキラを見た。

「いーんです!キラさんは分からなくても!…俺だけが分かってればそれで…」

段々と小さく萎んでいく言葉尻に益々首を捻るが、やけに満足そうな横顔があったから、キラは追求しないことにした。

「俺…、俺も、もうすぐプラントに帰ります。帰って、自分にやれることを探します」
「うん」
「………さんの下に付けるように頑張ろうかなって…」
「ん?…なに?」

なんでもないです!と微かに赤い頬が遮った。

キラは顔を上げ、一面の海を見た。
日暮れ間近の水平線は、シンの眼の色を映したように姿を変え始めていた。
青色の空が、変わり出す。

次に、この緑の野に生まれる色はなんだろう。
春が来ることが、待ち遠しい。

それを感じさせてくれた君に、感謝を思う。


ありがとう、ともう一度告げたら、その背景に負けないぐらいの朱を掃いて、シンは笑った。





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