「本当に楽しかった。こんなに沢山話をした夜は…なかったな…」

思い出しているのだろう。
今夜、自分ら以外に出会った『人間達』を。
その表情が、キラにとっての全てだ。

だから、振り返った穏やかな微笑みは…、


「じゃあね。これで本当にさよならだ」


別れの時間を告げた。

キラにはとってはやはり、地上から離れる未練などもう、ないのだろう。役目を果たし、解放された清々しい顔付きでサヨナラを残した。

トリィを託した本当の意味を、いつか分かってくれるといい。今はまだ、受け取ってくれた、その事実だけで。
静かな気持ちで、ああ、とアスランは頷いた。


キラの瞳は、渡る夜空に向いた。

月は白く大気に冴え渡り、小さな明滅を繰り返す星達が闇に散らばっている。
宇宙を知って久しい人類も、空の彼方に何があるのかは未だ分からない。

その先に、キラは帰るのだ。

「神様とやらのいる、空の世界に帰るんだな」

目を細めてそれを辿ったアスランに、キラはクスと笑った。面白がるのとは違う、親しみに満ちた眼差しをして、「違うよ」と首を振る。


「僕がかえるのは、空じゃない。かえるのは、ここ」


その視線は大地に落ちた。

常夜灯に霞む庭の花々。
季節は命を眠らせる刻にあっても、この地から彩りが絶えることはない。

真昼の月の下では笑い声の木霊する場所には、今、冷えた白い月がひっそりと浮かぶ。
三人の姿を、穏やかに照らす。

草が震えて、風が騒ぎ始めた。


「…ねぇ、忘れないでね」


斜めに向けられた横顔に、枯れ葉色の髪が揺れる。

その微笑みは、子供でもなく人らしくもなく、別世の静けさを纏って淡く光り、人間へと穏やかに語りかけた。


「どんな場所にも、光はあるんだよ」


足先にある花にも、踏み締めている大地にも。
大陽と月が共存する空にも。
イルミネーションが輝く街角で、ただすれ違うだけの稀薄な他人にだって。

…―――『光』は、宿っているから。


「僕のもう一つの役目は、それを伝えること」

人の祈りを神へと届けるのと等しく、神から人の世に下ろす光もある。その、仲介人。

「そうして生命はいつか、星にかえる」

冬の夜空。瞬く星空へ。
動き始めた風の行き先を追うように見上げた。

天使が人を天上の世界へ導く―――間違ってはいない。それは、魂を星にかえすこと。
キラは穏やかに笑った。

「この大地も、他の星々と同じ。ここも、何処かから見た空の星になるんだ」

あの星座達もまた生命であり、彼方の光をここに届けて煌々とうつろう。
人も天使もその一部だと告げて、キラは左手のひらを掲げた。


片翼の鳥が、宙にその身を羽ばたかせた。


目映い光がキラ達を囲い、温かな風を生む。
アスランとラクスは眩しさに目を細め、揺れる髪を押さえた。


「行くよ。トリィもおいで」


アスランが繋げた緑の鳥は、キラの右肩に下りた。淡い光はトリィも包み込み、膨れ上がる。


「じゃあね。アスラン。ラクス」


ふわりと浮かんだ身体に、アスランは触れるように手を伸ばす。まるで降りてくる身を受け止めるような手のひらだったけれど、目の前の天使はこれから飛び立とうとしているのだ。

…だからこれは、見送る為の。

そうして触れることのない少年に向けて、アスランは笑いかけた。


「また、な」

「…うん。…いつか、また」


傍らの白い翼が、大きく羽ばたく。
零れ落ちた羽根の欠片。

指先から滑るようにして離れた身体は、やがて光の鳥に同化して、夜空に上がっていった。


白い月。
鮮やかな冬の星座。

その一つ―――ひときわ耀く白い星に向かい。



美しい白の軌跡が、霞んで消えていった。













名残のように残された、天に昇る風。
揺れる草木に、花の香り。

二人の髪をさらって、冬の大気に舞う。

「何処かでまた会える…そんな奇跡が、今日の夜以外にも起こればいいですね」
「きっと、起こるさ。…いや、もう奇跡なんてものに頼らなくたって、会える気がする」

何故なら、キラは天使でありながら『人』そのものなのだから。

自身が一番夢物語の存在のくせして、そんなに天使に夢を見るなとむくれる只の少年だ。
楽しいこと、面白いこと、笑うことが大好きな白い翼の天の遣い。

きっとその内、気ままにひょっこり顔を出す。

見上げた星空は不動のまま、遥かな過去から未来まで、変わらない形で天にある。

…―――愛しい冬の風景。

「こんなにはっきりと星が輝く夜なら、流れ星も見えるでしょうか…」
「何が願いたいことでもあるのか?」
「光が沢山集まれば、天使のお役目もはかどるかと思いまして」
「仕事が必要になれば、また会う議会も増えるから、だろ」

アスランの笑いに、ラクスもまた悪戯な光を宿して微笑んだ。


静寂に眠る夜に。

…もう一度、天使の軌跡が見えないかと。


ささやかな願いと温かな想いを抱えて、二人は冬の夜空を見詰め続けた。











Look! It's right at your feet.

ほら、君の足元にあるよ







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