キラが緩く右手を持ち上げると、まるで蛍火が飛んだように一つの光がふわりと彼の周りを漂った。そして暗闇に溶け込むように消えていく。

「今のが、キラの見えているという光ですか?…貴方はそれを導いて…?」

ラクスの問い掛けに、キラは首を振る。

「僕の役目は、この光たちを集めること。抱えて、あるべき場所にかえすこと」

だから僕は、地上に降りた。沢山の光を集めるためにね。そうキラは語った。

「集めるって…」
「んー…人間の君たちに説明するのは難しい。てか、面倒」

おい、と言いたくなった気持ちを抑える。

「職業天使の宿命ってやつ?…君らのいうところのかみさまって上司に、地上から必要な分の光を集めて持ってかなきゃなんないの」

その役目にか、それとも『神様』という存在に命令されることにか、あるいはその両方にか。
キラは疲れたような体で溜め息を付いた。

「やけに…現実味のある話だな…」
「みんな一緒なんでしょ。僕らもこき使われてるもの」
「神様に使われてる…?」

ある意味、天の遣いらしい言葉だ。
だが、イメージがガラガラ崩れていく気がするのは、気のせいではないだろう。
キラの愚痴は留まるところを知らない。

「少しサボっただけで、毎度毎度長ーい説教まみれ。もういい加減、僕がこういう風にしか動けない天使だって分かって欲しいんだけど」

まったく、と一人憤慨している。

万能にして、至高の存在として人々に語られる『神』を、キラは顔を合わせると厄介な偏屈上司に仕立てあげた。

いや、人間の常識でもそれは、お前がサボるから悪いんじゃないか?と言ってやりたい。アスランは複雑そうに眉を寄せ、ラクスは「まあ」と言いながらくすくす笑った。

「神様は、随分とキラを頼りにしているのですね」
「たよりー?…冗談じゃない。ただ都合よくこき使える部下〜ぐらいにしか思われてないよ」

君らにだっているでしょ?
そういうめんどくさい上司とか。

キラの返しに、アスランは幾つか思い当たる顔を浮かべてしまい…いやいや、と映像を振り払った。

「まぁ…その面倒な役目も、地上で人間と話せる場が持てる機会だと思えば、別に嫌いじゃないんだけどさ」
「その言い方だと、随分人の世界に興味があるみたいだな」
「うん。いろんな人間が見てみたいね」

キラは薄く笑みを浮かべた。

「シンプルで単調な人生を歩んできた人間よりも、沢山の経験を積んで複雑な人生を走り抜けてきた人間の方が、何倍も面白い」

暖かく見えた眼差しが、急に冷えたものに変化する。その表情は『人間』の未来の幸福を見守る笑みではなく、『人間』の行く末を箱庭から見下ろす『上』からの眼差しだった。

アスランは目を細める。

「…お前は本当に…正真正銘『天からの遣い』なんだな…」
「どうしたの?…今更そんなこと」
「いや…」

少し寂しい、と思ってしまったのは、紛れもない事実だった。ラクスもまた、寂しげに笑う。

奇跡の存在。人々に希望を届ける御遣い。

それは人間の勝手な想像が造り出した虚像。
だから、落胆するのもまた、人間の自分勝手な思いなのだ。…でも。

「キラ」
「ん?」
「お前は、人間が好きか?」

きょとんと、キラは瞬いた。首を傾げる。
質問の意味が分からなかったのか。それとも何故そんなことを自分に聞くのか。そんな不思議そうな表情をした。


「知らない」


とても奇妙な、答えだった。顔も人形のように表情が抜け落ちていた。
その姿に、やはりそうか…と感じて、アスランは苦く笑った。

キラは自身が天使であることを十二分に自覚しているから。それが自分の役目だから…。だから人々に寄り添っているだけなのだ。

しかし、キラは続けた。

「面白いとは、思う。一緒にいて楽しい、とも感じる」

淡々と、訥々と、言葉が続く。
声もまた、無表情のまま。

「寂しそうにしてる子供がいたら優しい言葉をかけてあげたいと思ったし、責任ばかり追って近くにある温かさを顧みない人間がいたら、振り返ってやれよって言いたくなった」

だがやがて、少しずつ色が混ざり始め、

「何もかも閉ざして、自分ばかりが不幸を背負ってるみたいに思い込んでる大人って奴には、説教をしてやりたくなった」

キラの瞳の光彩が、鮮やかな紫に色付いた。

「これって人間が好きってことになるのかな」

真っ直ぐな問い掛け。天使から、人間への。

純粋に。そう―――キラは濁りのない真っ白な気持ちで、答えを欲したのだ。

「好きだから、お前はここにいるんだろう?」

アスランは、キラの頭にぽん、と手を置いた。
不思議そうな上目遣いの瞳が向けられる。

「地上が好きで、人間が好きで…、人間と一緒にいることが好きだから、キラの方から俺達に声をかけて来たんだろ?」

自由に姿を変えられるなら、人に見付からないように目的だけを果たせばいいのに。遠くから見詰めるだけで終わればいいのに。

キラは、自分から……人の輪の中に入ることを望んだのだ。

「うん。人間たちが笑ってくれてる方が、僕も嬉しくなるよ。混ざれれば、もっと楽しい」
「私たちも、キラには笑顔でいて欲しいと思いますわ」
「君たちが?…僕にも?」

意外だと、キラは目を丸くする。

やはり、天使にとって自分達は足元で走り回るだけの小さな生命の一つに過ぎないのだろう。
何かをして貰えるなんて思い至りもしないし、人間が天使に何かをしてあげたいと願っているなんて、想像すらしないに違いない。

人の望み、祈りを携えて空を駆ける天使。
受け取るだけの、願いの器。

それでもたまには、望みを運んでくれる天使自身に、想いを伝えてみてもいいのではないかと思う。

「私たちがキラに何かをしてあげられるわけではありませんが、貴方の笑顔と幸福を願うことぐらいは許して下さいな」

ラクスの微笑みにアスランもまた頷いた。
キラだけが、不思議そうに瞬きを繰り返す。

「キラにとっての俺たちは、まだまだ小さな子供と同じなんだってのは分かってるさ。だから、多少の経験不足には目をつぶってくれるとありがたい。…まだ、時間がかかるんだよ」

広大な視野を持つ天使が満足する次元になど、到底及びはしない。けれど、隣で一緒に騒ぎたいと笑う彼になら理解して貰えると思うのだ。

やがてキラは、緩やかに首を振った。

…それは、拒絶ではなく。

「君たち二人は、充分なぐらいに誰かに希望を与えているよ。…だって、これだけの光を育てているんだもの」

ふわりと、キラは優しい眼をした。

「…なんとなく分かった。ここに、こんなにも沢山の光がある理由が」

風に揺れるまま夜に沈む庭を見渡す。

「育ててる?」
「言ったでしょ。…僕が、ここにいる理由」
「地上に降りてきた理由じゃなくて?」
「プラス、この場所に来た理由だよ」

天使が、ここに来た理由。
キラが、こうしてここに佇むその理由。

ふと、さっき目を奪われた光景を思い出す。
あれは現実とは離れた夢心地の風景となって、記憶に焼き付いていた。とても、美しかった。


「ここは、幸福な記憶に満ちてる」


居心地のいい場所を見付けて微睡む猫のように、キラは満足そうな笑みを浮かべた。

「ここにはね、僕が今まで見たことのないぐらいの光がある。高いところから見るイルミネーションも眩しかったけど、ここはもっと綺麗」

アスランは、不思議に思った。
風に草花の揺れる音だけが聞こえる暗い庭に、果たして雑踏のイルミネーションにも勝る光があるのだろうか。

目を瞬かせる二人に、天使は微笑んだ。


「根を張る草木。咲いてる花。その隙間を流れる風。それが全部、源になる」


命あるものには全て色があって、幸福を感じる心には全て『光』が宿るのだという。

「この庭、この屋敷全部が、光に包まれてる。きっとここに息付く全てが、幸せな時間を過ごしているんだろうね。…もちろん、ここに住んでいる人間たちも」

キラは、顔を上げてその眼差しを屋敷へと向けた。窓から零れる明かりは柔らかく、そこにあるものを見詰めるように天使の瞳は優しい光を灯す。

「もしもそうならば…とても嬉しく思います」

ラクスが笑う。アスランもまた、そこにある風景を思い出して口元を緩めた。

悲しい記憶を乗り越えてきた子供達も、今は笑顔に溢れている。
そして夜が明けても…この庭を遊び場にして、花咲く大陽の下で幾つもの輝きが満ちるだろう。

ああ…そうか。…それが。

「ここに光がある理由。…キラの、ここに来た理由なんだな」
「そういうこと。今日はいろんな場所に行ったけど、最後に地上から発つにはここが一番、相応しい場所だと思う」

今日一日、終わりまでいい思いが出来て良かったよ。と。キラは満足そうに微笑んだ。




 





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