「最後…?」
「今日も直に終わる。僕の役目も果たしたし。……この場所で、充分なくらいの光を手に入れられたから」

本当はもう、とっくに帰る時間なんだ。

風に昇って行くような仄かな燐光の向かう先。
白い月と瞬く星が浮かぶ空を、キラは仰いだ。

彼は、天使だから。
天上の遣いが帰るの場所は、遥か彼方の空しかない。

「…―――」

アスランは、思わず一歩分、距離を縮めてしまった。言うべきことが、纏まらないまま。

キラが、こちらを振り返る。

…何度見ても、曇りのない透明な眼だった。
この世の理を知っていながら尚、人と関わり続けようとする彼には、相応しい光がある。

引き留める言葉は飲み込まれ…、…結局言葉になったのは、とても弱々しい囁きだけだった。


「…また、会えるか…?」


ひときわ強い夜風が、吹いた。

白い衿がはためき、茶色の髪を掬い上げる。
額にぱさぱさと触れる前髪の下で、キラの光を宿した瞳だけが真っ直ぐにこちらを見ていた。

やがてそれは、静かに閉じられる。

「さぁ…どうだろうね。来る必要がなければ、ここに来る理由はないし」

いろんな所に行き過ぎて、自分が行った場所もよく覚えてないんだ。僕自身も、いずれ忘れてしまうから。


「…―――なら、トリィをお前にやる」


眼を開けたキラに、アスランは同じくらい真剣な瞳を向けて、肩に乗っていたトリィを指先に乗せた。

「『トリィ』…?」

キラは、アスランの指先からこちらを見上げている鳥型ロボットを、瞬きながら見詰めた。

「こいつは、この屋敷への道を知っている。だからお前をこの家まで案内してくれるはずだ」

迷うことなく、真っ直ぐこの場所へと導いてくれるだろう。

ずっと、アスランの肩を仮の住み処にしていた鳥が、漸く本当の主を見付けたように自ら喜びの鳴き声を響かせた。

「手のひらを、貸してやってくれ」

キラはそっと、両の手のひらを開いた。
嬉しそうに飛び乗った鳥は、再び夜風に鳴く。

トリィを受け取ったキラは、しばし静かにその仮初めの生命の欠片を見詰めた。
包み込むように手のひらを寄せ、眼を細める。

「…このコにも…」

キラが零しかけた言葉の続きは消えてしまったが、やがて浮かべられた笑みが、とても穏やかだったから…。一つの生命が、在るべき場所にかえったことが分かった。

「トリィには定期的なメンテナンスが必要なんだ。だから、時々はここに顔を出せばいい」

手のひらからキラの肩へ。
飛び移ったトリィは一声鳴いた。

「顔を出す理由にも…、なるだろう?」
「……君も、なかなか頭がいいね」

それがどういう意味を込めたのかは、への字に引き結ばれた口元からははっきりしなかった。
アスランは、笑う。

「お前への、クリスマスプレゼントだ」

キラは一瞬、きょとんとし。…なるほどね、と呟いた。

「緑色の鳥、か。…クリスマス色だね」

濃い緑とは違う、瑞々しい若木のような翼色を持つ鳥。まるで生まれたての常緑樹。柊の葉。

すると、一歩引いた場所で佇んでいたラクスが、二人の横へと近付いてにこりと笑った。

「ならば、こうすればもっとクリスマスカラーになりますわ」

ラクスは結んでいた自分の髪をほどき、トリィの首に、しゅる…とその赤いリボンを結んだ。

「こちらが、私からのプレゼントです」

飾られた我が身に、トリィは首を傾げた。
ほどかれたままの長い桜色の髪が、夜風に優しく靡いてラクスの微笑みを縁取る。


「…君にも…友達ができたね」


キラが、唇に弧を描く。

そっと押さえた白い腕輪が、応えるように淡く輝いた。





 






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