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少年は腕を持ち上げ、手のひらを緩く握るようにして自身の胸元に寄せた。
金属の硬さはなく、純白のファーのような柔らかさだけがある腕輪。
まるで白い羽根を一枚、巻き付けたような。
「これは、僕が天使である証」
そっと腕輪を押さえ、何かを想うように少年は瞼を伏せた。…―――淡い光が彼を包む。
そして再び瞳を見せた少年と共に光は消えた。
「僕にとってこれは、ここにいる理由みたいなものだ。…これがあるから、僕は僕としていられる」
「…ならば、それは君にとっての枷なのだな」
今まで黙って佇んでいたラウが、皮肉な笑いを相手に向けた。
少年は目を細め、
「枷…と、貴方は言うんだ」
「自身がここにいる意味と…それを示す証は、時に己を縛り付ける枷にしかならないと思わないか?」
見定めるように微笑む姿は、まるで自嘲するようにも見えた。ラウ、と名を呼ぶと、私なりの考えだ、と返ってくる。笑い方は変わらないまま。
「…随分と面白い冗談を言うね」
「君にはそう聞こえたかな。私は一つの真理ではないかと思うのだが」
しかし、少年は―――天の遣いは、一笑した。
「この小さな世界しか知らない貴方に、天上の住人を諭す資格はないね」
人間の言葉など浅いものだと、冷めた眼差しを見せた。美しいまでの、凍えた微笑。
「僕はこれでもね…貴方よりも経験豊富に生きてるんだよ。そして貴方より幸福な人間も不幸な人間も、沢山見てきた」
だから、貴方一人の狭い考え方で、色々と決めつけないでくれるかな。
ね?…仮面で全てを偽り隠してきたお兄さん。
心底楽しそうに微笑んでいるのに、纏う空気は冬の空気のようだった。温度も、色もまた。
実力差や権力の圧には決して余裕を失わない自分らも、その少年の冷厳な光には背に汗を掻く心地がした。…叶わない、大いなる叡智。
一度眼を閉じて感情をリセットし、ギルバートは口を開いた。
「随分と厳しい天使殿だな…」
「天使は甘くて優しいイキモノだから、そう言うの?…それって人間の勝手な思い込みだし」
人の望む奇跡の遣いは、どんな時もどんな人間にでも救いの手を差し伸べて、祝福された未来への安寧を招く。…だがそれは勝手な押し付けなのだと、彼の天使は文句を言う。
自分達のように、偶像の神や非現実的な奇跡を信じない人間からしてみれば、それはなんと惹かれる姿であることか。
「正直、愚痴の捌け口にだけはされたくないね。僕ら天使への人間のイメージって、他力本願の垂れ流しを何でも受け入れてくれる超人みたいなキャラだし」
疲れるんだよなぁ…と少年は呆れた。
「ま、我慢した結果、他人に恨み言を吐くだけの存在になるよりは、よほどマシだけど」
「私達は、君にとって多少なりとも話が分かる人間だということなのかな?」
それならば、少なくとも時間の無駄にはならなかった筈。
「会話が成り立つ人間は、好きだよ」
それから、一緒に遊んでくれる人間もね。
ホントは僕は、もっと優しい天使なんだよ?
子供の瞳に戻り、彼は無邪気に笑った。
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