「よし、終了。…こんなんでいい?」
「へー…お前、すごいな。言うだけあるわ」
「すごいの?」
「ああ。プログラミング能力は一級者並み。ザフトお抱えの技術者並み」

謙遜ではなく、本気でそう思う。
世間知らずの言動は多いが、集中力と技術力はザフト軍に入っても充分即戦力になりそうだ。
…天使、という言葉がただの冗談ならな。

ともかく、キラのおかげもあり、イザークがやろうとしていた作業はあらかた片付いた。残りは、他に任せても問題のない雑用ばかりだ。

「これぐらいまで片付けば、あとはもういいよな?…イザーク?」
「やらなければならないことは、まだある」

…なんか意固地になってんな。

ディアッカの中で、すっかりキラへの警戒心は消えていた。なかなかに面白い性格で、付き合いやすい。…しかし、イザークは。

「えー…まだやるの…?」
「別に貴様の力は求めていない。いつでも出ていけばいい」

見逃す、というその意味だけで、イザークにとっては充分過ぎる譲歩なのかもしれない。
ちぐはぐな会話を繰り返すうちに、さすがのイザークも疲れて面倒になってきたらしい。

「もうさ…、帰りなよ」
「うるさい」

操作パネルに向かったまま一瞥さえくれない無愛想さで、イザークはひたすら指を動かしていた。…素直じゃないな。相変わらず。


唐突に、キラが呟いた。


「君らには、帰る家があるんだろ」


…―――と。


じ、とこちらに向けられた紫の対の瞳が、静かに二人を見詰めた。

「贅沢じゃない?…いつでも帰れる場所があって、そこにはあったかい明かりがあって、迎えてくれる家族もいてさ」

キラの視線は、遥かな空に向いていた。
窓のない部屋にあっても、その壁の向こうを透かし見ているような遠い彼方。

その横顔には哀しみも嘆きも見えず静かなものだったが、測ることの出来ない深い感情を宿しているように見えた。

「こんな日ぐらいさ、義務や責任なんか後回しにして季節を楽しめば?」
「…貴様も…役目とやらを果たしてるんじゃないのか」
「僕はいいんだよ。仕事…っていうか、存在理由だし」

キラが天使であること。
それは未だ半信半疑の正体であるのだが、時折混ざる空虚さと眼差しの深さからも、信じざるを得なくなって来ているのも本当だった。

光と祝福の象徴―――まるで奇跡の存在に語られる『天使』が、何故虚しい空気に包まれるのかが不思議でもあった。

だから、ディアッカは思った。


…コイツも、「楽しい」という感情で笑えたらいいのにと。


「なら、キラも付き合えよ」
「…?」

首を傾げる表情は、酷く幼い気がした。

「お前は俺らに早く帰って欲しい。ってか、明るくて楽しい場所にいて欲しい。そうだろ?」
「うん」
「だから、一緒に行くんだよ。お前が付き合ってくれるなら、『季節を楽しむ』ことも出来そうだしな」

口にしてみて、なかなかの名案だと思えた。
我ながら楽天的な自覚はあるし、賑やかなことは大好きだ。楽しく笑える場所に行けるなら…過ごせるのなら、願ったり叶ったりだ。

「僕も…?」
「いいだろ、イザーク」
「何故俺に聞く。俺は別に関わる気は…」
「キラの望みは俺とお前の二人分。だよな?」

こくり、とキラは頷く。

「ここまで散々キラに手伝って貰って、その借りも返さないままにするのか?」
「な、…それはコイツが勝手に…!」
「作業がはかどったのは事実だろー?」
「〜〜〜っ」

よし。こういう時、理屈くさい真面目人間は便利だ。外堀を埋めれば反論の余地はない。

「キラも、問題は無いよな」
「うん…まぁ、いいか…少しぐらい。君たちがそれで光を抱えてくれるなら」
「ん?納得してくれたってことでいいのか?」
「君らの場合、光を貰うよりも光にかえす方が良さそうな気がするから」

うん、問題ない、と一人納得している。
可愛い面立ちで小難しい表情をしているから、その台詞の中身がよく分からなくても思わず吹き出してしまった。

「なんだソレ」
「んーん。こっちの話」
「あっそ」

その天使の事情とやらには、深く突っ込まないことにした。種族?とやらが違ったとして、キラ個人が面白そうな魅力を持った存在であることに変わりはない。

憮然とするイザークを早速つつきながら撤収作業を手伝い始めたキラを見て、不意にディアッカは思う。


もしキラが、自分達の同僚として…友人として近くにいたならば、きっと。
…―――毎日が、楽しかったに違いない。

その技術を惜しみ無く発揮し、真面目なイザークの信頼を得て、その白服に相応しい存在で有れたのかもしれない。


…あり得ない予想図に自嘲して、それを誤魔化すようにディアッカはひときわ高いテンションで背を押した。

「じゃ、さっそく俺らの部屋に行くか!」
「パソコンもある?」

きらり、と目が光った。

「ああ。ジュール隊長特権で、一般兵じゃ触れないOSデータも見られる」
「まじで?」
「ディアッカ!何勝手に許可を出している!」
「あれをキラの技術でいじってどう変わるか、ちょっと興味あるじゃん」
「む」
「別に期待されてるようなことは何もできないと思うけど。でも、面白そう…」


楽しそうな笑い声は遠ざかり、間際にパチンと照明が下ろされた。

ふっと明かりが掻き消える。
そして、広い格納庫の空間は、しん…と静寂に包まれた。








Curtain falls at 10 p.m.


午後10時に幕は降りる









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