32//満ちてゆく月





「ルナマリア、今夜僕とデートしませんか」


まるで紳士のような礼儀を添えて、キラは彼女を誘った。





「もーう、ホント、びっくりしましたよー」
「あはは。ごめんね」
「まぁ、私よりも周りの方が卒倒しそうになってましたけどね…」

ライトの明かり眩しい夜会のフロアで、正装に身を包んだキラとルナマリアは二人、人混みを避けるように壁際で話をしていた。慣れないことでもあり、目立ちたくも無かった為の場所だ。

目の前では、この国の要人達や上役、そのパートナー達が、笑いさざめくように歓談し、優雅と贅の限りを楽しんでいた。


「普通、こういう時のパートナーはヤマト隊長…じゃなかった、キラさんでしょう?何で隣にいるのが議長なんですかー?」

ちらっと人混みの向こうの桃色と黒を辿る。
主賓の二人は、外見上は笑顔で仲の良いパートナーを演出し、来客者と言葉を交わしていた。

「クライン家主催のパーティーだからね。今回、主役のラクスの隣にいるのは、国の最も偉い人間の方が相応しいんだよ」

ああ、それにホラ。
あの人、無駄に美形だし。

「嫌そうですね…」
「そう?」

キラは笑顔だが、多分、裏はかなり正反対だ。
が、キラがそう思うのは、単純な嫉妬からではないということも分かる。この人とあの歌姫の絆は、そういうレベルじゃないのだ。

ただ、この人は…、ラクス様が政治の道具にされることを何よりも厭うから…。

「それで、私を目暗ましにしてパーティーに潜入。影からの護衛をしてるんですね」
「確かにパートナー同伴じゃないと入れない場所だったけど、ルナマリアをそういう意味で誘ったわけではないよ」

誤解しないで。

その表情にクラッと来そうになったものの、誤魔化されてはいけないと頬を赤らめながらも咳払い一つ。これじゃ幼馴染みを叱れやしない。

「いいんですよ、別に。そんな気を遣ってくれなくても。キラさんのパートナーを務められるのはラクス様しかいないって、皆分かっていることですから」

間に入ることなど、絶対に無理だ。羨望の気持ちはあるけれど、そこに嫌な感情は生まれない。…二人揃う姿こそが一番しっくり来るから。

すると、キラは困ったような顔をする。

「本当、そうじゃないんだけど…。…このパーティーは、月を愛でる為のものでもあるから」
「え?」
「ほら、庭園に向かって扉が開け放されているでしょう?」
「あ、ホントだ」
「きっと外では、月を楽しみながら良いムードになっている恋人同士もいるんじゃないかな」

ここからでははっきりしないけれど、少ない灯りの下でも庭園が見えるということは、月明かりがきっと美しいに違いない。
フロアに流れる音楽を微かに聞きながら、きっと月夜の下で愛しいもの同士、睦言を囁き合っているのかもしれない。

「月が綺麗な季節だからって、今それを賛美するような言葉を言った議長の皮肉にも腹が立つけどね」

少し前のことを思い出して、ルナマリアも苦笑いしてしまった。

今、この時期に。…戦時の渦中にあって。
月を賛歌する言葉を笑顔で語るなんて。
らしいと云えば、らしいんだろうが。


「あ、ダンスが始まったね」
「え」

キラの声にふと顔を上げれば、メロディは踊りを誘う音色へと変わっていることに気付いた。
和やかに会話を楽しんでいた人々も、一人二人とフロアへと楽しそうに向かい、鮮やかな光と色彩の舞が空間を染めていく。

優雅だなぁと、見慣れない光景にうっとり酔いそうになったら。

「僕達も、踊ろうか」
「…え。…ええ!?」
「ほら」

手を掴んで、キラはフロアの方へと歩き出してしまった。あまりに唐突なことに、ルナマリアは流されしまう。

「で、でもキラさん…!…私達がいることがバレたらヤバいんじゃあ…!」

自分はいいが、キラはそうじゃないだろう。
この人は、自身がどれだけ目立つ存在か分かっていないのだろうか。容姿ではなく、今までの名前の知れ渡りようなども含めれば、なお。

けれども、そんなこと、と言わんばかりにキラは振り返って、

「人に紛れれば分からない。…それに、ラクスは元より議長も、僕がここにいることなんかとっくに知ってるよ」
「え」
「目線が合って微笑まれたよ。ラクスの横からね」
「…いつの間に…」

キラは一度、他よりも少しだけ高くなっている壇上を見上げた。
ルナマリアもそれにつられれば、ラクスと綺麗に目が合って、固まってしまった。

キラは小さくラクスへと手を振り、彼女もまた嬉しそうに笑って首を傾けた。

うわぁ〜…!
見てる。見てるよラクス様がー…!
自分なんかがヤマト隊長の隣にいて本当にいいんだろうか。怒って…ないかな。…ないよね?

ラクスの微笑みにそんな嫌な感情は読み取れなかったので、そう希望観測も交えて心臓を押さえてみた。


「大丈夫」

キラの声が掛かった。
見上げる。

「ルナマリアと一緒に来るよう言ってくれたのは、他ならぬラクスなんだよ」
「え…」
「月の夜に相応しいあの方をお誘いしてはどうですか。…ラクスの言葉」
「えと…」
「さ、踊ろうか」


僕の誘いをお受けして下さいますか。

胸に手を当てて、騎士というよりも温かい兄のような目と仕草でキラは優雅に一礼した。


それを見て、…少しだけ目をぱちくりさせて、……やがてくすりと笑うと、ルナマリアも自らのドレスの片裾を持ち上げ礼をした。

「特別に、私と踊る権利をキラさんに差し上げます」
「それは光栄」

そっと差し出した手を、キラは柔らかく受け取った。


「上手ですね」
「ラクスに叩き込まれたからね」

場に似合う優雅さでお互いにふふと笑いながら、二人は静かに時を楽しんだ。







帰り道。


「そう云えば、聞いてなかったんですけど」
「なに?」
「どうして私が『相応しい』んですか?」


ふと。気になって聞いてみた。
キラのさっきの台詞も、ラクスの言葉の意味も図りかねていた。



「月の聖母」

「え…」

「いい名前だね。ルナマリア」



誰よりも月の光が似合う笑顔で、微笑んだ。







TITLE46






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