「キラ!」

陽がとうに落ちた夜。

迎えに行く予定だった場所の扉前で一人ひっそり佇んでいたキラが振り返った。そして、まるで飼い主を見付けた子犬のように駆け寄ってくる。

「アスラン!」
「馬鹿!なんで外にいるんだ!」

屋内で待ってるように言っておいたのに。
病み上がりの身を何処まで自覚しているのか。
その格好は着込み過ぎるくらいにもこもこしているが、この寒空では外にいるだけでも負担になってしまう。

「お前、いつからここにいたんだ」
「………、……十分くらい前?」
「嘘つけ」

目を逸らして言われても説得力は皆無だ。
まして、この冷たさは…。

「…やっぱり…冷えてる…」

鼻の頭を赤くしたキラの頬に触れたら、かじかむように冷たかった。

「だって〜…、早く外に出たかったから…」

しゅんとするキラに、アスランは息を付いた。

「今日は一年で一番、陽が沈むのが早い日なんだってさ。だからいつもよりも早く外に出られたし…その分早くアスランに会えるかと思って…」

待ちきれなくて出てきてしまったのだと言うキラに、アスランは何も言えなくなった。



キラは、大陽の下にはいられない病を抱える身だった。

詳しくは知らないが、遺伝子的な要素が絡み、陽の光は免疫力を低下させ病を進行させる。
だから、いつもは厚いカーテンに覆われた部屋で一日を過ごしていた。
昔はよく青空の下を駆け回っていた。しかし子供の頃はそれほど酷くはなかった症状も、今では大陽そのものが禁忌となってしまった。

だが、生来抱えるハンデはあるものの、キラは悲観的な性格にはならなかった。

人工灯の明かりの下で、よく笑い、よく泣き、よく拗ねて、アスランを困らせた。
むしろアスラン以上に楽観的で、賑やかな性格へと育っていった。
最近はパソコンを操る技術を習得し、大いに電脳世界を楽しんでいるようだ。

そんなキラが外に出られるのは、陽の沈んだ夜の世界だけ。
自由に外を歩けるのもまた、夜だけだった。

最も日没が早いこの時期、幼かったキラは夕方近くになるといつもそわそわして、辺りが暗くなるとすぐに飛び出て行こうとしたものだ。
さすがに今は、そんなことはしていないが…気持ちは、その頃と少しも変わっていないらしい。



「だからって、風邪を引いたら意味がない」

一応釘を刺しておかなければ。
陽の光が大敵な分、自然、身体は弱くなってしまっているのだから。

キラが身に付けている白いマフラーを巻き直し、コートの衿もしっかり合わせてやる。
苦しい、と呻く声。我慢しろ、と言う先から、ぷはっとマフラーを緩めてしまった。

「もー…大丈夫だって。大陽の光は天敵だけど、寒さは平気なんだから」

いつまでも子供扱いしないでくれる、と、頬を膨らませる。その姿の何処に、子供扱いしないでいられる要素があるというのか。

「なら、離れて歩いても平気だな」

さっさと背を向けて歩き出したアスランに、キラは慌てて追い縋った。

「ちょっと待ってよ…!」
「子供じゃないなら一人で行けるだろ」
「そういう問題じゃないし!……なんか…アスランが冷たい…」
「冷たいのはお前の手だ。手袋まで外して…おい、勝手に繋ごうとしてるんだ」
「いいでしょ別に」

ご機嫌な表情になって歩くキラと二人、目映いイルミネーションが灯る街中へと歩き出した。



「へへ…あったかい…。…アスランと手を繋ぐの、久しぶりだな…」

傍にいる時間も場所も限られて、子供の頃のように野原を駆け回ることも出来なくなった。

「………」

アスランはキラの指先を強く握り締め、二人分の手を自分のポケットへと入れた。

その分近くなった距離に、キラは眼を緩める。
もう片方の手で白いマフラーを引き寄せ口元を埋もれさせながら…本当に幸せそうに笑う。

「寒くないか?」
「うん。大丈夫」

二人は、いつの間にか溢れていた人々の波と、青や白に輝くイルミネーションの中をゆっくりと歩いた。


「イルミネーションの光なら、二人で見られるね」

キラがぽつりと呟く。
目を細めて空を見上げる彼の見るものは、いつからか夜色でしかなくなってしまった。

「この季節は寒いけど…さ。夜がとても綺麗だから、僕は好きだな」

陽の残照すらない時刻にしか自由のない少年にとって、夜を美しく着飾るこの季節は全てが輝くものに溢れていて眩しかった。

一年で最も早く夜が訪れて、最も長く夜が続く季節。

春は夜桜。夏は空に咲く大輪の華を見て。
秋は虫の声を聞き、冬は眩しいイルミネーションの下を歩く。
昔からキラと共に沢山の夜を楽しんだ。キラといたから、沢山の夜の美しさを知ることが出来た。

親友が少しでも外の世界を楽しめるように、その場所へと手を引いて歩くのは、小さい頃からアスランの役目だった。

…そしてそれを誰かに譲る気も、なかった。


「俺も、今の季節は嫌いじゃない」
「うん。…冬って…いいよね。…手を繋ぐこともできるから」

そうだな、と。アスランは心の中で頷いた。

世界の半分しか知らないキラの為に、いつかそのもう半分を見せてやりたい。その為に、アスランが医学の道に進もうと考えていることは、まだ親友には秘密にしている。

けれど今のままでも充分満ち足りていると思うから、敢えて口にする必要はないのかもしれない。
…―――こんな風に、手を繋いでいられるのならば。


「アスラン、これから何処に行くの?」
「星が綺麗に見える場所がある。そこに行ってみないか」
「…つれてってくれるの?」
「夜が長い季節だからな」

まだまだ、歩いていく時間はある。
大気が凍える冬。
星がよく見えるだろう。

今はどうか、美しい夜の世界だけでも満たされるように。街明かりとは違う、鮮やかなもう一つの夜の姿を、…お前に。


幸せそうに、少年は微笑う。

いつかその笑顔が、もう一度青い空と陽の光の下で輝くことを願いに込めて、アスランはキラの手のひらを強く握り締めた。



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