「そろそろ…夜も終わる時間かな」

星も傾き、建物の向こうに消え始める時刻。

窓の遠くに街明かりが明滅する。
人の営みが生み出す地上の輝き。

それが好きなのだと笑う天使は、それを見詰めながら顔を上げた。白い月を、眼に宿す。


「そういえば、今夜は特別な夜なんだっけ…」


不意に、そう呟いた。

キラが見上げた瞳に月明かりが写り込む。
…遠くを……この人の帰る場所をふと感じて、レイは胸を突かれた気がした。

あんなに賑やかだった室内は静まり返り、その人の気配が稀薄になり始める。


…―――きっと、これがもう、最後の時間。


そこここに散らばっている筈の光を、必要分だけ早々に回収して帰れば良かっただろうに。
わざわざ人と関わる手間を挟んでまで、キラは欲しい『光』を選んでここに来た。

だからこの邂逅は、事務的な『役目』―――あるいは『目的』の為だけなのではなく―――。


「…そうですね。人が奇跡を望む夜です」


レイは、ほんの一瞬でもこの人が自分達の隣にいたいと望んでくれたその偶然に、柄にもなく感謝したいと感じた。
それは、聖夜の起こした奇跡だったのかもしれない。

人々が奇跡を信じたくなる、この季節の本当の喜びが、ほんの僅かだが分かった気がした。


静けさに、白い冬の星座が瞬く。


もうすぐ目的を果たし、この人はいなくなる。

あの星空の元に、かえっていく。


「…結局…」

レイは、そっと口にした。

「貴方の望むものは、手に入ったんですか?」
「うん。充分もらえたよ」

キラは、目を眇めた。優しい菫色をしていた。

「君たちのおかげ」
「…なら、俺達が貴方の望みを叶えたその代わりに、叶えて欲しいことがあります」
「…ん。…なに?」

微笑みながら首を傾げたキラに、レイは伝えた。

「約束を、下さい」
「約束?」
「また、会えるという」

それは…、と。
キラが口を開きかけるのを遮り、


「また…―――会えますか?」


じっとその目を覗き込み、レイは尋ねた。

「きっとシンも、そう望むはず」
「シンも?」
「なんとなく、そうだと分かります」
「……やっぱり、君らは似ているんだね」

空気に漂うだけの、はっきりと形の無い望みが言葉になったのは、その優しい眼の色が離れて行こうとした間際だった。
シンもまた、いつの間にか消えた存在にきっと同じ思いを感じるだろう。

だから、言葉にした。あのお伽噺の妖精みたいには、ならないように。

キラは、開きかけた口を一度閉じて、淡く微笑んだ。

「会えるんじゃないかな。…多分、どこかで」

言葉は、確約では無かった。でも。

「人に希望を運ぶ、幸福の遣い。それが、人間達の描く天使の姿なんだろ?」

天上の遣いと謂われるよりも余程身近な。

嬉しそうに笑う少年の眼差しが、白い月明かりに淡く輝いた。















少しの肌寒さと、頬に触れる風にふと、シンは目を開けた。

寝起きでぼんやりしたまま、薄暗い室内を見回しソファーから身体を起こす。ブランケットが肩から落ちた。

「…あれ…」

なんでこんなに機器類が散らばってるんだ…。

「起きたのか?」
「…レイ?…なんでお前が…」

そこまで遡って、シンはハッとした。

「あいつは…!?」
「もう行った」
「え!!」

シンは飛び起きた。

室内は勿論、窓の向こうにも人影はもうない。
気配はただ、二人分。

「…なんだ…片付けぐらいしていけよ…」

気分が少しだけ沈んだのは、薄暗い室内のせいだとシンは思った。レイも何も言わなかった。


レイは静かに窓辺に立って外を眺めていた。
その姿に、シンも近寄って辺りを見回す。

「もしかして、ここから飛んでったのか?」
「いや」

レイはきっぱり否定した。
天使の羽根に夢見たいシンには悪いが、その去り方はとてつもなく情けなかった。

「普通にドアから出てったとか?」
「窓から飛び降りた」
「え」
「足を引っかけて、夜逃げさながらに」
「………」

レイは思い出す。

去り際、足を桟に掛けたまま辺りをきょろきょろ見回す様は、不審者極まりなかった。
呆れて「何をしてるんですか」と問えば、「だって誰かに見つかったらマズいし」と、犯罪者の返答が返ってきたのだ。

「ホントにあいつ、天使か…?」
「俺もそう思った」

「じゃ!」と手を上げた背中は、忍び込んだ場所からこそこそ逃げようとする逃亡者そのものだった。

「ああ、それと」
「…?」
「お前のパソコンから、メモリースティックを抜いて行ったぞ」
「はぁ!?」

人間の作るプログラムデータとやらをいじってみたい。そんな好奇心から。
『必要経費必要経費♪』…そう笑っていたのを伝えると、シンの顔が怒りに染まった。

「あいつの目的は家捜しかよ!」
「スティックの代わりに、あれを置いていくと言っていた」

ことりと置かれたままのケーキの箱。

「〜〜〜っ…ワケ分かんねぇ!」

最後まで唯我独尊の年齢不詳天使に、シンは頭を抱えるしかなかった。


「…だが、約束も貰った」

ぶつぶつと未だ文句を溢していたシンは、きょとんとしたように言葉を止めた。

顔を上げたシンの視線をさらい、レイは窓の向こうの夜空を見詰めた。薄い笑みを描く。

「約束?」
「…お前、またあの人に会いたいって思ってるだろ」
「え!?ンなワケないじゃん!」
「その割には、いないと聞いて飛び起きたな」

違う違う!と叫ぶシンに、

「またどこかで会えるかもしれないという曖昧な約束だったが」

人に希望を届けるのが天使の役目だから。
そう言いながら笑ったことを、レイは告げた。

「果てしなく天使とは程遠い存在だがな」

金色に縁取られた横顔は、稀少で貴重な柔らかな表情になって笑っていた。

「……ふーん…そっか…。…『また』、か…」

形の無い約束でも、目の前に残されたものにその思いは宿る。散らかった室内。開けられたままの窓。指でなぞった星空。

「…それならまぁ…いいか」

むず痒くなるような温かい何かに触れて、シンもまた微かに笑う。

せっかくだし、ケーキでも食べるか。
縁のないものと避けていた箱を開け、中を取り出した。しっかり三つ分入っていたことに、思わず苦笑いしながら。


それ、並んでしか買えない特別なケーキなんだから、ちゃんと味わって食べてよ。



そんな声が、何処かから聞こえた気がした。

二人は目を見合わせ、そして笑ってしまった。

「どんだけ人間くさいんだっての…」
「地上の常識には倣うようだな」
「まさかホントに並んで買ったとか?」
「ありえる。あの人なら」
「ありがたみがあるんだか無いんだか」


目に見えるものには、物々交換を。
目に見えないものには、笑顔と言葉だけの形無き約束を。
等しく受け取り、預け、与え、貰った。

甘いケーキに、遊び尽くしたまま転がるコントローラーとパソコン。消え去った白い背中に、いつの間にか刻まれた二人分の笑顔。


不可思議な自称天使を思い出し、シンとレイの二人は共に、夜空を見上げた。



空には、瞬く一つの星。

地上には、並んで笑う二つの色がある。











birds of a feather +


同じ羽色の鳥、あるいは似たもの同士。

…―――それから、






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