31//魔法は使えない
バタバタと、周囲が忙しなく行き来する。
篭もる熱気は、フル稼働を始める機体達のせいだけではない。
漂う雰囲気も、何処か殺伐しく張り詰めていて、嫌な鳥肌が立つようだった。
フェイスヘルメットを片手に己の乗る機体を見上げ、心を沈黙させる。
これが、………最後。
全ての最後の闘いになればいい。
「シン」
「……キラ…さん」
自分とは対照的な白い服を纏うその人が、今この時でさえ、いつもと変わらない姿で立っていた。
「君の順番も、いよいよか」
「はい」
キラもまた、鈍く光る機体を見上げた。
その表情は静かで、周りの緊迫した気配からは酷く遠く、異質に見えた。
隣に並んだ横顔。
それがまるで、何かを懐かしむように細められる。
そしてそっと、その冷たい機体に触れた。
キラが今までにこれらに触れた機会と云えば、必要最低限の機体調整の時のみだけだっただろうに、その指先は酷く、優しかった。
自分が手掛けた機体には、この人なりの思い入れがあるということなんだろう。…数秒、何かを込めるよう眼を閉じた。
シンはその姿をただ、静かに見詰めていた。
最終調整に入ります、というアナウンスが流れ、キラはやがてそこから離れた。
「シン」
「…はい」
「覚悟は?」
「出来てますよ。とうに」
そんなもの、軍人となることを決めたあの時に。………力を求めた、あの瞬間に。
けれども、その人は緩やかに首を振った。
「…じゃあ、何の、ですか」
応えは得られなかった。
ただ、寂しく笑うだけ。
「ねぇ、シン。僕はね」
「はい」
「僕は、魔法を使えないんだ」
なに…、を。また。
この人は。
こんな時になっても、そんな言葉を。
「だから、君の盾になることも、もしもの時に君を救うことも出来ない」
フザけたような言葉。
それでも真っ直ぐな声。
「必ず、ここに帰るんだ。…それも、二度と喋ることの出来ない君では駄目だよ」
骸すら帰らない闘いでもあるのに。
そんな……こと、を。
何故、今語る?
そうして、餞のように寂しくて、スッと恐怖すら感じる悲しい微笑みを。
「僕は、魔法使いではないから。次の出会いを、いつか待っているよ」