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「……いのちって…、…アンタ天使じゃなくてシニガミじゃん」
「いやいや。誤解しないでね?僕らは命を奪ったりさらっていったり、ましてや迎えに来たとかじゃないからね?」
危険なものを見る目付きになったシンに、キラはぶんぶんと片手を振った。
「ほんの少し、分けてもらうだけ。こう、身体的な命っていうよりも、精神的な…心から生まれる恵み…?…みたいな?」
どうにも説明がしにくいらしい。
でもその必死さに命に響くような悪いものでは無いというのが何となく分かったから、シンはほっとした。
白が似合うキラが、そんなブラックなことをしているとは思いたくない。
しかし、レイはそれでも納得出来なかったようでキラに詰め寄った。…何だか少し、失望したような声音で。
「それが、目的だったんですか?」
「うーん…『目的』って言っちゃうと、なんか打算的で俗物っぽく聞こえるから、あんまり好きじゃないんだけど…」
「でも、そういうことですよね」
確かに言い替えれば、キラは自分らをエサみたいにして、目的のものを拾い集めようとしているということだ。その一点を見ればあまり気持ちの良いことではない。シンの胸にも、冷めた感情が落ちてくるような気がしてくる。
けれど、キラの持つ明るさと言葉に、それほど暗い思いを感じないのも事実だった。
…俺が単純なだけか?…物事を合理的に捉えるレイには、やはり目的物扱いされることが許せないのだろうか。
「…えー…と…、これを言うと僕が職務怠慢に思われるから、言いたくなかったんだけど…」
「なんですか」
しどろもどろになるキラに、レイの鋭い目が向けられた。
…何でそんなに感情的になってるんだろう。
らしくない…てか、珍しい、とシンは感じた。
キラは、観念したように溜め息を付き、ぽそぽそと呟いた。
「僕は、地上に降りてくるのが好きだから…だから、どっちかっていうと光集めの方は二の次になってて…」
二人は、目を瞬いた。
「だからまぁ、正直光が手に入らなくても別にいいかな、…みたいな」
ぽりぽりと指で頬を掻き、気まずそうに目線を斜め上に向けた。
そんなところも人間っぽい仕草に違いなくて、シンは…レイもまた、今まで肩肘張っていた力を抜いたのが分かった。
「アンタ、もしかしてかなりの不真面目キャラ?」
「そう…かもね…」
はは、と力無く笑う。こうやって人間と話すのも、本当はダメなんだよね。残念そうに呟く。
「役目とか放り出して人と交流を持ちすぎて、よく叱られるんだ」
「ふーん…、………変わり者なのか」
「でもさすがに怠り過ぎて、僕自身もヤバいかなー…って状況になって」
何が『やばい』のかは敢えて聞かなかったが、余程切羽詰まってきたのだろうと予想出来る。
「この時期は、光も見えやすいし集めやすい。だから、普段サボってる分、稼いどこうかなぁ…みたいな?」
歯切れが悪い。そうやって狼狽える姿は、やはり酷く人間くさかった。
半ば同情にも近い憐れみの情というヤツか。
流石に可哀想になったのか、さっきまでの責めるような口調は成りを潜め、レイは少々話題をずらして、現実的なことを尋ね始めた。
「今の季節は、そんなに収集がしやすいんですか?」
「そうだね。光ってのは、本来どこにでもあるものなんだけど」
「季節を問わず?」
「うん、そう。でもそんな中でも、この季節は特にたくさん。きらきらした光が数えきれないぐらい広がってて、とてもありがたい」
人工の光の群れもね、眺めてるだけでうきうきした気持ちになるし。目の保養だよ。
「だから、地上の冬は特に好き」
光が何より美しく映える、澄んだ大気。
空から地上を見下ろせば、望むその光は容易く見付かる。目印など無くとも、全てが一面、光の渦中だ。
見てるだけでも楽しいし、仕事もはかどるし、一石二鳥だね、なんてご機嫌で窓の外を見詰めたキラの横顔は、本当に嬉しそうだった。
それを見て、シンはふと影を落とす。
「でも俺は、冬ってあんまり好きじゃない…」
「ん?そうなの?」
「………寒いし」
それは、本音。
風も陽射しも肌に冷たく降り注ぐこの季節は、何もかもが寒々しい。
心も、寂しくなる。…ひとりを、感じる。
すると、「ああ」と納得したような呟きが聞こえた。
「君、夏っぽいもんね。なんか、冬の静けさは似合わない感じ」
「…は?」
「金髪の君の方が、余程冬っぽい」
綺麗な髪してるもんねとレイに笑顔を向けた。どうも、と大して嬉しそうでもなく頷く彼と、いいなぁなんて呟くキラに、何故かムッとしてしまった。
「悪かったな。似合わなくて」
だから冬はキライなんだと、刷り変わってしまった理由の元に、自分でもワケが分からなくてイライラしてきた。
「まぁまぁ不機嫌にならないで。黒髪くんにもいいことあるよ」
「なんだよ黒髪くんって!?俺にはシン・アスカって名前があるしっ」
「おー、じゃあ遠慮なくシンって呼ばせて貰うよ」
「好きにしろ!」
視界の片隅で、「完全に飲まれてるぞお前…」と溜め息を付いているレイがいたが、シンは気付かなかった。
「とにかく!よく理解できないけど、アンタがその『光』とやらを集めてんのは分かった。でもそれなら、もっと人のいるとこ行けよ」
キラ自身が言ったように、ここには……シンとレイの二人には、こいつが望む『光』…―――…即ち『幸福な感情』など、元から無い。
何故ここにそれを求めたのかも、疑問だ。
「幸せそうな奴なんて、その辺にいくらでも転がってるだろ」
投げ遣りに鼻を鳴らせば、キラは渋面を作った。
「だからー、僕は君らがいいの。ただのお役目でも、僕らには選ぶ権利があるし」
「その選ぶ基準はなんなんだよ」
「……………、………好み?」
「勘とも言う」と付け足され、更にシンの目付きが据わった。
「これでも、『お前は光の見る目がある』って評判なんだから」
よく分からない人物(?)からのお墨付きに胸を張るキラを、シンは脱力したまま「へー…」と半目で見詰めるしかなかった。
「とにかく、そういう理由だからちょっとだけ付き合ってね」
「…その義理はないんだけど」
「せっかくなんだから、明るい気持ちになりたいでしょー?」
「アンタとの会話に付き合って、既に疲れてるっつーの…」
疲労で既に気分は泥沼だ。早く寝たい。
っていうか、解放されたい。
「部屋に戻っても、一人なんじゃないの?」
……唐突な言葉が、胸に刺さった。
驚きと、痛みに音をたてた何処かが軋んだ。
呆然とした気持ちで見開いた目をハッと上げたら、レイもまた微かな動揺をその瞳に宿していた。
そんな二人を、キラは等しく見詰め、
「暗くて寒い、自分だけしかいない部屋なんかに、僕は君らを帰したくないよ?」
これでも僕は、天使なんだから。
「暗い部屋に明かりを点けるのと一緒でさ」
キラは優しく微笑み、幼子にするようなふわりとした仕草で、シンとレイの頭を撫でた。
あまりにも自然な動きで、二人、驚きながらもされるがままだった。
「今は暗いままの心ってヤツが、幸福を感じて光り出すと、今までにない輝きを持つんだ」
だから僕は、君らの笑う顔が見たい。
理由になっているのかいないのか。よく理解出来ない結論には眉を寄せるしかないのだけど。
…結局はそこに戻って、自称天使は笑うから。
それこそが最大の殺し文句だと、シンはレイと視線を見交わして、頬を染めるしかなかった。
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