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夜に漂い眼下を見詰めていた天使は、ふと、何かが視界を過った気がして目を瞬いた。
はら…、と目の前に横切った白の欠片。
「…雪…?」
冷たい感触が指先に伝わり、すぐに儚く溶けていく。
そしてすぐに、足元から楽しげなさざめきが湧く。地上の人間達が喜び、騒ぐ様が見えた。
「ふぅん…?…こんなので人は喜ぶんだ」
感心したように思案した天使は、不意に何かを思い付いて己の翼を止めた。
近くをきょろきょろ見回し、ちょうど良い高さの高層ビルを見付けると、その屋上に降り立って羽根をたたんだ。
白い光は左手首に巻き付いて、腕輪へと戻る。
「ただ白いだけの雪じゃあ、つまんないよね」
天使は楽しそうに笑い、じっと夜空を仰いだ。
曇り一つない、鮮やかな冬の空。
地上のイルミネーションの明かりを反射して、濃紺色に染まっている。
その先に見える、砂時計の星。正しい正三角を描く輪。その傍らの星の河。
天使の瞳には、それがはっきりと見えていた。
「星を、降らせてあげようか」
流星群ではない、風に遊ぶような星の空を。
この、雪のように。
一夜の楽しさを、自分にくれた人の世に。
空には綺麗なものが沢山あることを思い出してくれればと、微かな祈りを込めて。
視界をはらはらと舞う白い雪。
人を満ち足りた気持ちにさせてくれる、優しい六枚の花。溶けて消えていく冬の結晶。
静夜を映したその色を、光に変えて。
天使は、もう一つの奇跡を起こした。
賑やかな明かりが渦を巻く大地に、きらきらと光が降りてくる。
見える姿は雪のように白く、しかしシャボン玉のように虹色の色彩を一瞬残し、掻き消える。
触れることすら出来ない儚い幻は、まるで光の羽根のようだった。
何かのイベント?
特別なイルミネーション?
そう囁き合い、人々は空を見上げる。
この、優しい雪が振る冬の夜を。
…―――幸せそうに、微笑みながら。
それは、地上に積もることのない淡雪だった。
その雑多な人々の中。
しかし、幾人かの人間には、分かっていた。
…これが、ただの雪ではないことが。
街頭のイベントでもなければ、光の加減の自然現象でもない。人が造ったものなどではなく。
現実には起こり得ない筈の、今日だけの特別な夜空。幻などではない…確かな奇跡がここに舞い降りる理由が。
彼らは微かな笑みを称えながら、この風景を添えた白い面影を、夜空に思い描いた。
天上で最も美しく光り輝く、真冬のシリウス。
その下で笑っているだろう気紛れ天使が降らせた…―――ウィンタースノーブロッサム。
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