「イザーク…、今日ぐらい普通に帰れば?」

颯爽と廊下を歩く隊長の後ろに付き添い、ディアッカはそう溢した。

並ぶ窓の向こうは既に暗く、街灯がぽつぽつと灯っている。
規定の就業時間など、とっくに過ぎていた。

「うるさい。お前だけ先に帰ればいいだろう」
「上司が残ってるのに、俺だけ帰るワケにいかねぇだろ」

溜め息が出る。頑固者め。

今日ぐらい、いや、今日だからこそ。
軍内の風紀が弛んでいることに眉を寄せて、イザークは今日一日不機嫌そうだった。

なんでいつも気を張ってなきゃならねーの…。

「…っとに…真面目な隊長を持つと…」

その呆れるながらも、それに付き合うこっちも馬鹿みたいだと、ディアッカは二度目の溜め息を付いた。





やって来た格納庫には静寂だけが満ちていた。

当然だ。戦時下でも無ければ、昼間の業務も既に全て終了している。

それでもここに来たのは、今日やらなくてもいい業務を敢えて今やろうとしている生真面目な上司兼友人がいるせいだ。

付き合うことに不満はないが、このまま放って置くのは何となくもやもやが残る。
ディアッカは再び言い募った。

「なぁ…帰ろうぜ?…せっかく今日は」


「…―――ホント、早く帰ればいいのに」


ひっそりと闇から聞こえた声に、二人は弾かれたように顔を上げた。

「…誰だ」

イザークの低い誰何の声が響く。
ディアッカもまた警戒するように目を細めた。

二人以外の姿など他に無かった空間に、唐突に現れた『誰か』の気配。

手探りで、ディアッカは近くの照明スイッチを押した。

点り出すライト―――その先に、コードに繋がれたままの作業台があり、その上、行儀悪く腰を降ろす白い足元が目に映った。

緩やかに動いてそこから下りた影…白い隊長服の人物は、ひょこりひょこりと緊張感のない足取りでこちらに近付き、にこ、と笑った。

「こんにちは。…こんばんは?なのかな?」

自分らとそう変わらない少年が、一人。

「君らも真面目だねー。こんな真っ暗な時間にまで仕事しようとするなんて」

人好きのする笑みを崩さず、気安く言葉をかけてきた。

「…隊長服…?」

イザークの訝しげな呟きが聞こえた。

「お前、誰だよ。…顔見知りの隊長の中にも、お前みたいな奴はいなかったはずだ」
「それ、別の人間にも言われた。…もしかしてこの服着てるとかえって目立つのかなぁ」

失敗したかも…、なんて呟き、身に付けている白の軍服を引っ張っていた。

「貴様の所属部署、階級、氏名を言え」
「それも前に聞かれたなぁ。何か意味あるの?ここにいる人間は、みんなそれがなきゃ歩いちゃいけないルールなの?」

イザークの鋭い視線など意に介さず、不思議そうに眉を寄せている。
…顔をしかめたいのはこっちだっつーの。

「お前が不振人物じゃないかどうか確かめてんの。正直に答えた方が身の為だぜ?」

迷い込んだのか?…それとも。

忍び込んで隊長服を手に入れたまではいいが、そのまま着てしまうとは随分間抜けな話だ。
したっぱならまだしも、同じ階級のイザークがいる以上、誤魔化せやしないのに。運が悪いのだろう。
てか、素直に姿を現しすぎだろう。声も、向こうから掛けて来たのだし。

十中八九、部外者だ。怪しいことこの上ない。
あからさまに目を泳がせているし、態度も挙動不審だ。

気の緩む時期こそ警戒を最大限に…イザークの勘は当たったということか。

「貴様は、俺の知らない部署の関係者か?」
「いや…うーん…、ホントのこと言っても信じてもらえないって分かったし…」
「どういう意味だ」
「素直に言ったら怒り出しそう。特に銀髪の君は」

どう言うべきか躊躇しているのは分かる。
けれどこのままイザークの神経を逆撫でするのも良くない気がする。ディアッカは息を付いた。

「とりあえず、名前だけでも名乗れば?」
「ああ…うん。そだね」

少々ほっとしたように、目を瞬いた。

「僕はキラ」
「所属は」
「いや、イザーク…」

一切の間を与えず、イザークは問い詰めた。
話が進まないだろ。

「所属…ってか、なんだろ…種族?…で言っていいのかな?」
「…?…お前、コーディネイターじゃねぇの?」

奇妙な言い回しをするなと思いつつ、それなら身の内を明かせないのも分かる気がする、と納得した。イザークを怒らせるかもしれないという杞憂も。


「ええと…、僕は天使なんだけど」


カチャリ、と嫌な音が聞こえた。

「うわっ!止めろイザーク!!」
「正体不明の侵入者に同情の余地はない」

銃を構えようとするイザークを、ディアッカは慌てて止めた。こんな日に血は見たくない!

「お前もなにアホなこと言ってんだ!馬鹿!」

イザークの怒りを煽るな!と叫ぶも、相手はきょとんとしているだけだった。
やけに子供っぽい奴だな……俺達とそう歳は違わないだろうに。

「とりあえず…キラっつったっけ?…お前の忍び込んだ目的は何なワケ?」
「あ、目的?」

目が瞬いた。表情も明るくなった。…なんで?よく聞いてくれましたみたいな顔になるんだ?

「僕の目的は光の収集。君らに声を掛けたのはそれを分けて貰えると思ったから」
「………」
「………」
「話が早くて助かるよ。じゃあすぐにでも、」
「うわこら止めろイザーク!!」
「離せディアッカ!!今すぐ縛り上げて警備に付き出してやる!!」
「…??」

静かだった空間に、叫び声が響き渡った。







 






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