眠らない星に光が満ちる頃。

白い燐光を傍らに、それはふわりと舞い降りた。







音も立てずに、その人影は高層ビルの屋上へと軽やかに足を付けた。
ふぅ…と息を付き、それから深呼吸。
冷たい大気が胸に染みて、ここが地上であり、四季で云うところの『冬』なのだと認識した。

そしてこの凛とした空気は、美しく鮮やかに『光』を輝かせるのだと分かった。

「へぇ…、やっぱりこの季節の地上は光に溢れてるね」

眼下のイルミネーションを身体いっぱいに受け止める。
膜のように淡い光を全身に纏う人影は、しかし、周囲の雑多な照明に紛れ誰も気付かない。夜景の一部となって、暫し地上を物珍しそうに鑑賞する動きを見せた。

星空を掻き消してしまうような光の洪水は、眼を射るようにように小さく大きく、さまざまな色を作り出し夜の帳に明滅する。

ああ、ここからは…。

大地に近いこの光の渦の底からは、きっと天上の星々は見えないんだろうな。
目を細め、彼は一度夜空を仰いだ。…地上に近付き過ぎて、空の星は弱い瞬きしか見えなかった。


「さて…どこに行こう…」

買い物の品定めに近い気安さで、瞬きを数回。
んー…と口元に手を当て選ぶ様は何処か人間くさい。

彼の紫の瞳に、ビルが建ち並ぶ施設が映った。
少しの間そこをじっと見詰め、ふと瞳に過った遠景の風景にぽつりと呟く。


「………軍事施設…?」


凝らした眼差しに、映像は鮮明になった。
頭に描かれる、窓越しの明るい光。
室内照明の下、映る人影。二人分の、影。
人には到底見え得る筈のない距離の先に惹かれるもの感じて、薄く笑った。

高層建築群の作り出す、冷たいビル風。
短い茶色の髪を揺らして、うなじを通り抜け、遥か頭上の月へと昇ってゆく。

身体が、傾いた。
屋上から、とん、と軽く駆けた一歩は何もない空を踏む。
恐怖など一欠片もなく、彼は雑踏の渦巻く街並みへと飛び出した。


光の海の底―――その、源へ。


彼に翼はなく…―――左腕にはめられた純白の腕輪だけが、名残のように優しい光の尾を引き消えていった。



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