始まりは、一本の缶コーヒーから。

さぁ作業を始めようかとパネルに向かったら、キーボードの隅にそれがちょこんと置かれていた。蓋は開いていない。

誰かの置き忘れか? と首を傾げる。共有の作業場だから充分に有り得たことなので、アスランはそのままにしておいた。



昼休みが終わり、再び同じパネル前に立つと、缶はそのまま残っていた。【forAthrun】というメモと、プラスアルファ、キャンディ数個も一緒になって。

「………」
「どうしたの?」

メモを手にしたままのアスランの背中から、キラが覗き込んだ。

「これ、アスランの好きなメーカーのコーヒーじゃないか。買ってきたの?」
「違う」

メモをキラへと見せた。アスラン宛だね、と目を瞬く。

「ふぅん…誰かからの差し入れかな。甘いものも一緒だし」
「お前にやる。俺はいい」
「なんで?」
「姿の見えない奴からの差し入れなんて、怖くて手が付けられない」
「アスランらしいなぁ…」

じゃあ貰っとく、とキラはコーヒーとキャンディを受け取った。





それから、奇妙な送りものは数日続いた。

作業場に始まり、ロッカールーム、よく利用する休憩場所。宿舎の部屋の入口に置かれていたこともあった。
何処も人が出入り自由な場所であったから、誰が犯人なのか特定出来ない。

不思議な気持ちにはなったが不気味には感じなかったのは、贈り物が華やかな色に溢れていたからだ。
そう、まるで子供が喜びそうな…見ているだけで気持ちが弾むような装飾に包まれた贈り物。

そのほとんどが綺麗にラッピングされた沢山のお菓子達だった。
差し入れの域を越え、これはもう…、


「それ、きっとプレゼントじゃない?」

キラの一言に、顔を上げた。
アスランの手の中…いや腕の中には、持ち手付きの藤カゴと、それに詰め込まれた菓子の山。可愛いらし緑サテンのリボン付きである。

「アスラン、もうすぐ誕生日なんだし」
「………、………ああ」

一瞬視線が泳いだ後に漏らされた一言は、明らかに『今気付きました』と物語っていた。

「忘れてたね?」
「もう喜ぶような歳でもないだろ」
「忘れずに覚えててくれた、ってことが嬉しいんじゃない」

にこにこと機嫌良く言いながら、

「ファンの女の子達からなんじゃないの?」

微笑ましいものを見るように笑うキラに、アスランは眉を寄せた。
ファンて…アイドルじゃないんだ。

「アスランとお近づきになりたいコなんて、いっぱいいるのに」

もったいないなぁ…なんて、頭の裏で腕を組みながらキラは離れて行った。





そして、その日。

アスランが作業予定の機体のコクピットシートに、小さな箱が置いてあった。

その中身は―――チョコレート菓子。

見た目は何の飾り付けもないシンプルな箱に入っていたそれ。リボンもメッセージも何もない。自分宛てなのかもはっきりしない。

しかし、これを知るのは…。

アスランは、格納庫から飛び出した。



「キラ!…お前の仕業か…!」

別の格納庫で足を組みながらパソコンを打っていたキラへと、たった今見付けた箱を付き出した。

おや、と首を傾げたキラは、アスランの手の中のものを目にして、ああ、と頷いた。

「なんだ。バレちゃったか」
「ここまでやられて気付かないほど、馬鹿じゃない」

懐かしい菓子に、馴染みの味。
自分が行く処へピンポイントに先回りされる、知り尽くされた行動パターン。

「なかなか気付かないから、ワザとらしくそれを置いてみたんだけどね」

置かれていた場所はアスランの専用機。
最後に届いた菓子は、幼年時代によく食べた、月でしか販売していない思い出の味だった。

知っているのは、当然―――。

何故もっと気付かなかったのかと情けない思いでアスランは息を付く。
そして相変わらず意図の読めない、親友の行動原理。

「それで…、ここ数日のこれの理由はなんだ?」
「そんなの、誕生日だからに決まってるじゃない」
「………」
「おめでとう。アスラン」
「……………」
「あれ? 嬉しくない?」

ちっとも笑顔にならないことにキラは首を傾げる。…ここ数日間の、俺の心労を返してほしい。

「…もっと普通に祝ってくれないか…」
「いつもと同じじゃつまんないじゃない」

と、いうワケで。
キラはにっこりと笑って、

「少し早いけど…、…トリックオアトリート? アスラン?」

紫の眼にイタズラな光を宿し、そして手を差し出してきた。

ここ数日の、全部の謎が溶けた気がした。
そして渋い顔になった。素直に喜べないのは、親友のはかりごとに思い至ってしまうためか。

「お前…、だからあの大量のお菓子を俺に押し付けたのか」
「押し付けたとは失礼な」
「あのほとんどがお前の食べたかった奴だろう」

二回目の「あ、バレた?」という呟きと共に、キラは舌を出した。

バケットに詰められた見た目カラフルなキャンディに、可愛いラッピングのチョコレート。
形やデザインはさまざまで、中には見慣れない新作菓子まで混ざっていた。
選ぶの楽しかったなーと、キラは笑顔で語る。

「日付近いもんね〜。何で今まで気付かなかったんだろ。狙い目狙い目♪」
「…はぁ…もういい。好きなだけ持っていけ」

元々お前が買ったものなのだから。
今現在の部屋の中の、視覚から来る甘ったるい空気をどうにか出来るなら願ったり叶ったりだ。…そう思うことにする。

頭を押さえつつ自室に戻ろうとしたら、

「あ、待って待って」
「…なんだ」
「アスランにプレゼントして、僕もそれを分けて貰って、でもそれで終わりじゃないよ」
「は?」
「その沢山のお菓子を持って僕の家に来る。それで、ゴールね」

…ゴールの意味が分からん。

「なんだって…?」
「さすがにそれだけの量、僕らだけじゃ食べきれないよ。だからそれは、うちの子供達に配ってね」

もうすぐハロウィンパーティーだから。

「せっかくだから仮装して…、一日オバケになってくれない?」

カボチャのランタンを持ってもいいよ?…なんて笑いながら、キラは先に背を向け歩き出そうとする。

「どしたの? 早く行こうよ。…あ、ちなみに明日から三日間、アスランも僕も休暇申請出してあるから。自宅の飾り付け、手伝ってね」

早く早くと腕を引っ張るキラの気持ちは、最早子供のソレだった。

「もう誕生日も何も関係ないな…」
「なーに言ってんの。せっかくおめでたい日があるんだから、皆で一緒に楽しもうってことだよ。…ほら、行こ!」


幾つになっても、何年同じ時間を過ごしても、飽きずに傍にいられるのはキラの魅力か魔力か、それともただの腐れ縁か。

おかしなサプライズと、変わらない日常を今日も寄越してくる親友に―――アスランはただ苦笑うしかなかった。


ハロウィンは、イタズラ好きな精霊が甘いお菓子を求めて飛び付いて来る日。そしてお菓子をあげれば、ニコニコ顔で去っていくのだろう。

しかし、それだけじゃ済みそうにないのが現実に生きる人間というもの。


やっぱりイタズラもしたいのだと相手の手を取り連れ回す、無邪気な子供の悪魔が笑う―――【Before/November】



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