28//触れないで





バチッ!


「…った…」
「あ、ごめん。…今の僕には、あまり触らない方がいい」

格納庫で見掛けたキラの肩を叩こうとした途端、シンは見えない火花に弾かれてしまった。それも結構、強い衝撃で。

大丈夫?と心配そうに覗き込まれて、手をさすっていたシンは思わずピシリと背を伸ばした。

「平気です!このぐらいトレーニング中に
//よくやってますから!」
「トレーニング中?」
「あ、いえ何でも…」

無茶を嫌うキラには、それ以上言わない方がいいと思って濁してしまった。

「それよりも、どうしたんですか?さっきのって…」
「ああ、うん。静電体質なんだ」
「そうなんですか。…でも別にいつもは」
「うん。普段はね。けどたまに来るんだよ」
「機械に触り過ぎてたとか」
「いや。外からの原因じゃなくて…」


途端、貧血のようにキラの片足が揺れた。


「…!…大丈夫ですか?」
「ん。…平気」


にこと笑うから、それほど気にしなくても大丈夫かと思った。


「あ、それでなんですけど、このあと議長がここに来るそうです。新造艦の様子を見に」
「議長が?」
「…嫌…なんですか」
「………、……仕事だからね」

弱い笑みは、それで全てを割り切っているようだった。

本音は、正直目も合わせたくないと云ったところなんだろう…。
その間にある確執や思考など自分には遠く及ばないけれど、とても不可思議な雰囲気で、…それでも何となく填まっているような空気である気がした。

見る限りじゃ、キラが一方的に冷めた顔をするだけなのだが……議長はかなりの確率でこの人を気に入っていると思う。



なんて話してたら、ウワサのその人が部下を引き連れてやって来た。
俄に格納庫に熱が篭り出す。

そして満足そうな笑みを浮かべて、部下を散らした。
そのまま、キラとシンの元に歩いてくる。

「やあ、2人とも。ご苦労様」
「あ、はい…」
「どうも」

議長が2人に見せる表情は友好的なのに、キラは真っ直ぐ見ようとはしない。
不自然にならない不自然さで視線を逸らす。
さっきまでの優しい雰囲気と親しみやすい表情は消えてしまっていた。

そんなキラと議長を交互に視界に入れて、シンは何だか慣れない緊張を味わった。
この2人の間にいると酷くピリピリする…。

「データ整理とプログラムの納入が済んだと聞いた」
「はい。お渡しした資料の…」

それから数十分は、事務的な会話のやり取りだった。






そして一段落した後に。

「それでは、僕はこれで」

早く立ち去りたいという態度を隠しもせずに、無表情のままキラは一礼して、横をすり抜けようとした。


が、


「待ちなさい」


議長の一言がキラを呼び止め、それに「何ですか」と静かに振り返る。
お世辞にも敬意を込めていない無表情のまま。

「これからもまだ仕事を続けるつもりか?」
「それが僕の役目です。何かありますか」
「仕事に関しては、君にこれ以上言うことは何もないが…」
「じゃあ、用件はありませんね。これで」
「待ちなさいと言っている」

腕を掴んだ。

先程のシンと同様、パチリと電気が走る。
それでも議長は手を離さなかった。

そのせいでもあり、別のせいでもあり。
キラが、今度こそ露骨に眉を寄せた瞬間。


「体調が優れないのなら素直に休みなさい」


シンは思わず目を見張った。
何を急に言い出すんだと。

「…何を…」
「そのままの意味だ。顔色も悪いし、足元も覚束無い」
「貴方の気のせいです」
「なら、この静電気の多さは何なのだ」
「………」
「人によっては、体内の調整が上手くいかなくなると、一時的に静電体質になるという。…君もじゃないのか?」

キラは黙り込んでしまった。
…悔しそうに視線を逸らしたまま。


再び議長が何かを言おうと口を開きかけた処で、



「…!…キラ!!」

ぐらりと傾いた身体が、議長によって受け止められた。

その腕の中、真っ青な顔が人形のように静かに意識を失っている。


「キラさん!!…議長、キラさんは…!」
「いけない。彼の限界を越えてしまったようだ」

滅多なことでは体調不良など起こさない自分達であっても、完璧な健康を一生保てるわけではない。
彼の忙しさは他の比ではなく、ましてや精神的にも負担の多い毎日であることだろう。
倒れない方がおかしかったのかもしれない。


「シン、彼をクライン邸まで送っていってくれないか」
「はい!…えと、クライン邸…ですか…?」
「そうだ。彼の自宅は、そこなのだ」
「わ…かりました!今すぐ車を回してきます!」
「頼むよ。私は彼をひとまず医務室に運んでおく。ここの責任者には言っておくから」

頷いて、シンはすぐに駆け出して行った。







「貴方に助けられるなんて…不本意この上ない…」
「たまには、頼ってくれてもいいだろうに」
「ありえません…。僕の意識が許さない…」
「そうか。ならば意識の無い時にでも
//看病をするとしよう」
「どういう…」
「いいから休みなさい。今、家に送り届けるから」

そっと…温かい何かが瞳を覆った。

それは酷く安心を与えてくれて……久しぶりに訪れた穏やかな闇だった。





「議長!準備が出来まし…た…」

勢いよく走り込んてきたシンだったが、静かに…という目配せとその傍らの眠る姿に、声は消えていった。
さっきまでの2人の気配とは対照的な穏やかな空気にも、少しだけ動きを止めて。

そんな、瞬きをしているシンの目の前で。
議長はキラの柔らかそうな前髪をサラ…とかきあげてから、彼を抱き上げて立ち上がった。







キラに配慮してのことなのか、人の目に触れない通路を選んで議長は歩いていた。
後ろからシンも続く。

少しだけ横に並んでみてキラの顔色を覗いたら、心なしか少しだけ呼吸が穏やかになっている気がした。…それでもまだ、血色は白すぎるくらいだったけど。

「議長、よくこの人が具合悪いだなんて
//分かりましたね」

声量を落として聞いてみる。
今でこそ、しっかりと見て顔色が分かるようになった。静かな眠りだと思う。

すると議長は、珍しい笑い方をした。

「彼にしては説明の途中でよく詰まっていた
//し、目線も落ちていた。…ため息の回数も多かったな」
「凄い…。俺なんて、足元がふらついてる
//この人を見たのに、気付かなかった」
「彼の演技力が素晴らしいこともあるが…。
//…こんな役職に付いているとね、分かることもあるのだよ、シン」
「それは」
「もっと君も、観察眼を養うといい」
「はい…」







車にキラを乗せ、シンがハンドルを握った時には、既に議長の姿は無かった。
立場上一人で外に出るのを控えなければいけなかったので、シートにキラを乗せた後は、すぐに戻っていった。

いつもと変わらない表情ではあったけれど…。
多分、気遣っていたと思う。



「………」


静かに眠っているキラを一度振り返り……、…シンは車を走らせた。



今の自分では、見えない火花に遮られてこの人には触れないんだろうなと、思いながら。














TITLE46






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