::: 風鈴叙情 :::






部屋に射し込む西日にふと顔を上げれば、赤い夕陽が窓全てを覆っていた。

一日の終わりを示す太陽のその色の強さを見ていると、ここが地球であることを嫌でも感じさせてくれる。
夏である今は、外気の温度も高く、それが一層太陽を輝かせているのだろう。


イザークは、一日中締め切ったままの窓を何となく見遣って、そこに垂れ下がるガラス細工を視界に入れた。


風鈴―――。


友人が気紛れに吊り下げていったそのアイテムは、場違いな雰囲気でちょこんと垂れ下がっている。

風を受けて初めて音を為す硝子なのに、しかし今日は一度もその音を聞いていない。
暑さ故に窓を開ける気は起きなかったし、外の空気を吸おうとする余裕も無かったのが正直なところ。

『どうせイザークのことだから、地球の夏を楽しもうって気持ちはないよね。だからせめて夏っぽいものを飾っとくよ』

無邪気にそう言いながら、イザークの拒否など何処吹く風で窓辺に吊るしていったその風鈴。

らしくもなく思い出し笑いのように口元を緩めると、イザークは立ち上がって窓を開けた。


時刻は間もなく黄昏時。

空気は、この夕陽に似合う穏やかさに変化し、心地好い風を感じた。


そして、本当に珍しく。
自分でも自覚出来るほどに珍しく、イザークは気紛れに行動を起こした。
非生産的な、何の意味もないことを。





「イザーク…?…来たよ?」

コンコンとノックの音がした後、落とされた声量の声がして、イザークは扉を開けた。

「お疲れさま。…あれ…、何で明かりつけてないの?」

出迎えたイザークの後ろが真っ暗なままであることに、キラは首を傾げた。

「ああ…。とにかく部屋に入れ」

ここで説明するよりも早いと、イザークはキラを中へと招き入れる。足下に気を付けろと告げて、奥へと誘った。


陽は完全に落ち、開けられたままの窓の向こうは既に闇。外の街灯の木漏れ灯だけが、微かに暗い室内に入って来る中で。

既に暗い空間に慣れていたイザークの目には、恐る恐る暗闇を歩くキラの姿が見えた。

「この方が、音がよく聞こえるかと思ってな」
「音?」

キラがイザークの声のした方に目を向けた時、



リン―――…



涼しげな音色が、部屋に響いた。

小さ過ぎて、いつもなら他に紛れてしまうような音が。今ならば、暗闇に唯一感じる五感であるが故にはっきりと、二人の耳に届いてきた。

チリン…、と再び音が鳴る。

「これ、風鈴…?」
「お前がこの前付けていった奴だ」
「え…、…まだ付けてくれてたの?」

イザークは眉を寄せた。それを見にくい室内でも察したのか、キラは慌てて言葉を継いだ。

「どうせ邪魔に思われて、すぐに外されると思ってたから」
「お前な…、…自分の行動に責任を持て」
「だって、…鬱陶しく思うかなって」
「……始終鳴ってるようなものならな」
「あ。だから部屋を真っ暗にしてるんだ」

キラは何かを悟ったらしい。
納得がいったように、窓に近寄った。


リン―――、チリリン―――…、


風が吹く度、音が鳴る。

風がある限り鳴り続ける硝子の器。


「きれいだね」
「…そうだな…」

二人、並んでベッドに座りながら夜を見る。

何もない。何もしない静かな時間。
時と音だけが過ぎていく中で見詰める夏の夜。

もし、風鈴というものが、風を目に見える形にしようしたが為に生まれたものなら…、何故、特別夏の季節に相応しいと飾られるのだろうか。

そんな、微かに浮かぶ謂われと歴史に興味が湧かないわけでは無かったけれど。

このか細い音でも、『涼』が形有るものとして頬を撫で、夏が傍にあることを感じた。


「風鈴、夏が終わるまでこのままね」
「それを口実に入り浸る気じゃないだろうな」
「夏の間だけなんだから、いいじゃない」

海も太陽も、苛烈な暑さも鮮烈さも。
触れることなく終わる筈だった地球の夏。

それが今、夜のささやかな音の波紋となって、一日の終わりを彩った。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -