+ 白壁朝顔 +






日が上ったばかりの早朝。
気温が上がり始めて、暑さを感じ出した頃。

ふわぁ…とあくびをしながら歩いていたディアッカは、士官部屋に向かう庭に見慣れた背格好を見付けて、首を傾げた。

同じ舎館に寝泊まりしているから、通り道で馴染みの連中に鉢合わせることなんか別に珍しくもないんだが。こんなに朝早く。周りにはまだ誰も人影のない時刻に、一人で何をやっているのだろう。


「キラ?お前何やってんの?こんな時間に」

振り返った当人こそが、こちらを見て意外そうに目を丸くした。

「ディアッカこそ…。何でこんな朝早くから……って、どうせ徹夜で遊び倒したんだろ」

ディアッカは肩を竦める。
その態度が既に肯定だと伝わったのだろう。キラにとってはおはようでも、自分にはおやすみと言いたい時間なのだ。
キラは呆れた息を付くが、それ以上は何も言わず視線を今まで見ていたものへと戻した。ディアッカもそれを追う。

「なんだソレ?」
「朝顔。珍しい色だなと思って見てた」

壁に飾られた幾本もの紐に巻き付いた蔓草。
その茂った緑の葉の間にポツンと咲いていたのは、…ナルホド、確かに珍しい、白い朝顔だった。

「ふーん…」

何でこんな無用の花が軍の宿舎にあるのかは謎だが、誰の趣味なのか、ここらは結構花や緑が置かれていた。グリーンエコって奴なんだろう。確かに夏の白は涼しさを生む。

「朝顔見てると、なんか子供の頃を思い出すんだよね…」

ぽつ、とキラが呟く。

「夏休みだー遊ぶぞーってさ、小さい頃は朝早くからはしゃいでたなぁ」
「あ〜…なんか分かるかも」

朝顔は、着物や浴衣の柄にもよく使われる和の花だ。縫い込まれた模様には、少しだけ大人の風情が混ざる。
けれど、咲く花には何処か懐かしい幼少時代を思い起こさせた。朝早くから炎天下の中を走り回った、無邪気な時代を。

ラッパのようなシンプルな花びら。
白い花は沢山あれど、白い朝顔は不思議と目を惹く、珍しい花だった。

だが、キラにとっての『珍しさ』は別のことでもあった様子で…。

「ディアッカと朝顔を見ることになるなんて凄く意外。白い朝顔以上に超意外」

真顔で言うんじゃねぇ。早朝が似合わなくて悪かったな。ディアッカは納得できず反論する。

その名前の通り、朝顔は朝にしか咲かない。陽が高くなればその花びらを畳んでしまう。そして朝は布団から出てこない自分。
キラが珍しい組み合わせだと感心するのも分からなくもない。…でもな?お前な?

「俺だって任務がある時は真面目なの。朝も早くから動く人間なの!」
「……そうですネ」

チラッとこっち見んな。目を逸らすな!
表情をひきつらせるこちらのことなどもう興味はないとばかりに、キラは視線を白い花へと戻し、

「隣に、夕顔って花でも植えてみようかな…」

そう、ぽつりと考え込むように呟いた。

「この朝顔は白しかないけど、夕顔はいろんな色を試してみようよ。種の種類変えてさ」
「……もしかして、それを植える作業に俺も入ってんの?」

言い方がいかにもソレだったので聞いてみた。
「当たり前!」と返ってきたけどな。

「夕顔って見たことないんだよね」
「俺もない」
「でもほら、やっぱり名前通り夕方に咲くのかなって思ったから。そうすれば、ディアッカもいつだって見られるじゃない?」
「……そりゃおきづかいどーも」

何だか方向がずれて来てる気もしたが、徹夜明けの鈍い頭にはもはやどうでも良くなってきた。

それにまぁ、わくわくと表情を変えるキラの姿を見ているのは、飽きなくて楽しい。
楽しみにしてるわ、と答えた台詞に、キラの嬉しそうな返事が重なった。





…―――後日。

「夕顔って、白い花しか咲かないのかな…?」

色の濃淡はあれど、今目の前に咲いているのは全て白い花でしかなくて、キラは少し残念そうだった。

が。

それ以上に突っ込みたい箇所が目の前に鎮座している為、花のことなど頭から締め出された。

「しかもコレ…」
「………」
「………」
「実だな」
「実だね」
「………」
「………」

これが朝顔と同類の名を持つだなんて詐欺だ。


なんてことを二人感じた夏の午後。



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