24//眠りについて
「あのよ、アスラン」
「何だ」
ディアッカの呼び掛けに、アスランは顔を上げる。
そして、ぴっと指が向けられた方向を辿り、そこにいる人間を見た。
そこには、片手に多くの書類、片手にパソコンを置いて忙しなく仕事をこなすキラがいた。
アスランとディアッカの会話に混ざるどころか、おそらく気にしている余裕もない。
目の動きは速読者のように高速で左右に動いている。勿論、指も思考も。
「アレ、働き過ぎなんじゃないか?」
「………」
「正確には、働かせ過ぎっつーか」
「…お前もそう思うか」
「誰が見たって、ここ最近のキラはそうだろ」
少なくとも、俺がキラを見かける時はいつも、書類の束に囲まれている、とディアッカは付け足した。
アスランも溜め息混じりに頷く。
「普通の人間の仕事量程度じゃ大した負担にもならないだろうが、最近はちょっと心配になって来たな。普段顔に疲れを出さない奴だし」
「止める?」
「無理だ。責任感も同じくらい強い」
うーむ、と2人は唸った。
代われるものなら手伝って負担を分散させてやりたいところだが、キラにしか出来ないこともある。元々、得意とする分野が違う。
そんなこんなで、横にばさばさカタカタと忙しない音を聞きながら、時間だけが過ぎていった。
唐突に扉が開く。
入ってきたのはシンだった。
「あ、いた」
「どうした、シン」
シンの目線がキラに止まったのを見て、アスランは嫌な予感を覚える。
「キラさんに用が」
「今は止めておけ。急ぎの用じゃないのなら」
は?と眉を寄せるシンに、「やっぱり…」と額を押さえたくなったアスランである。
だが、その溜め息を付いた態度にカチンと来たのはシンだ。
納得出来ずに噛み付いてしまうのは、性格上無理もなく。
「何であんたに言われなきゃならないんだ」
「いいから止めておけ。…というか、止めておいてやれ」
「…?」
幸か不幸か、シンの登場にキラはまだ気付いていない。
物凄い集中力だ。…故に、かなり根を詰めているのが分かる。
「おそらくキラはここ数日、まともに寝てないんだろう」
「連日徹夜してるってことですか?」
シンは益々顔を歪ませる。
「ていうか、この人いっつもアスランの徹夜を怒ってるじゃないですか。自分からンなこと言えた義理ですか」
「俺のは趣味。キラのは仕事。…文句を言えると思うか?」
「う…」
ここの処のキラの様子を見ていると、負担を与えるのは本位ではない。…シンとしても。
けどもここで引き下がるのも嫌だ。…というか、アスランに宥められて引き下がったという事実が、シンにとってイヤだ。納得出来ない。
「だったら…!…素直に睡眠取らせて効率アップを図ればいいだろ…!」
そう言い切ると、「おい!」と2人が止めるのも無視してずんずんとキラに近付き。
肩に手を掛けた。
ぴたり。
キラの動きが止まった。…不気味なくらいに。
ゆっくりと振り返る。
そのあまりの緩慢さに思わず引きそうになったシンだったが、ここまでくれば後には引けない。
ちょっとだけ深呼吸をして、口を開いた。
「い…いい加減寝た方が、いいんじゃないですか…?」
声が引き吊ったことは勘弁して欲しい。
だって、……怖い。
その、ただ見上げるだけの目が怖い。
無表情なのが怖い。
何かの直前の凪のオーラが……。
「ねたほうがいい…?」
ぽつりと。
声が。
無表情、無感情。
が、そのまま現れている篭らない声、が。
「そ、………そうですよ…!…じゃなきゃ、頼みたい仕事も頼めな」
「しごと?」
温度が、数度、下がった…よう、な。
固まるシンに、もうこれはダメだと悟ったアスランとディアッカは、慌ててシンの肩を掴んでずりずりと強制退場。
そしてアスランだけがキラに近付いた。
「お、落ち着け、キラ。シンはな、お前に睡眠を」
「へぇ、そう。シンは睡眠に関して聞きたいんだね」
「ああそう…、…は?」
キラ?
汗を垂らす親友の声なき声に、キラは立ち上がった。
「じゃあ、聞かれた通り、眠りについての定義を教えてあげよう」
にっこり穏やかに微笑んだ。
「睡眠というもては誰もが日々体験して、誰にでも分かっているような現象に思われているけれど、実際の定義は酷く曖昧。睡眠は人間の内部的な必要から発生する意識水準の一時的な低下現象だ。必ず覚醒出来るものということを前提にすると、催眠や薬物、麻酔や昏睡と云った自らの内部から発生したものではないという意味では、睡眠から厳密には除外される。つまり、外部的要因で無理に取らされても、人によっては『睡眠』ではない」
ヤバい…。
ぺっとシンを放り出し、ディアッカも慌てて駆け寄ってきた。
「キラっ、おーいキラ!『眠りについて欲しい』って意味が違うから!……ああああ…!…目が据わってるどうすんだアスラン!」
やはりと謂うべきか…オーバーワークでキラの優秀な頭も限界に来ていたようだ。
今更気付いてもさらさら遅い。
静か過ぎる瞳が迫っていた。
「つまりね」
「キラ!」
叫ぶアスラン。そこに込められていたのが、落ち着け!なのか近付くな!だったのかは分からない。(おそらく両方)
ゆっくりと(笑顔で)親友に一歩近付き、ゆらりと前髪を揺らして下から見上げてきた。
「誰かに強制的に取らされた睡眠なんか何の意味もないんだよ睡眠を妨害する根本的な原因が消えてくれなきゃね分かってくれる?」
「分かった!分かったから!!」
こくこくと高速で2人は頷き、ついでに再び冷凍されたシンの頭も強制的にガクガクと頷かせ、落ち着け、どうどう、とキラを必死に宥める。
だがキラの笑顔は変わらない。
こうなったら…!と素早く互いに目配せし、
「おら起きろダメ後輩!そしてさっさと医務室の様子を見てこい!」
スパンとまずはシンを覚醒させ、
「そのあと休暇申請出してこい!」
ずいとアスランは命令した。
ハッと我に返ったシンは瞬きをして鬼気迫るアスランを見る。
「え…、だったら休暇だけ取ってさっさと帰らせれば…」
「こんなキラを返したら、ラクスを心配させることになる」
少し冷静に親友を想ったけれど、……唐突に悪寒が走り抜けた。
「キラに睡眠時間を削らせてまで働かせたと笑顔で責めてくるとラクスが怖いんだよ!ほら分かったのならさっさと医務室か仮眠室の空き具合を見てこい!遅れれば遅れるほど被害の度合いと被害者は拡大するぞ!!」
うわ!と転びそうになりながら、シンは一目散に駆け出して行った。
「あれ?シンはドコに?せっかく講義を…」
「キーラ〜?ちょーっといいかー?」
目配せ一瞬。
「なに、ディア」
「とう」
とすっ。ぱたり。
キラは静かに腕の中へとくずおれる。
ふぅ…キラリ光る汗を拭うアスランとディアッカがいた。
「スイッチのオン・オフのきっかけもよく分からないって、ホント怖ぇな」
「せめて2日に一度はラクスのところに帰らせるようにしよう」
今後は充分注意しよう。うん。
深く頭に刻み込んだ2人(+1人)だった。