「イザークー、今ひまー?」


そんなわけないだろうが。

のほほんとした呼びかけに、イザークは冷静に突っ込んだ。





「ちょっと休憩しない?…外に出ようよ」
「そんな暇はない」
「そういえば今日、休みなんじゃなかったの?何で机に向かってるのさ」
「終わらないからだ」

キラが頭の上で溜め息を付く気配がした。
顔を上げなくても、それぐらい分かる。

「…ディアッカは?」
「知るか」

アイツも遊びに誘いたいんだろうが、どこにいるかなど知りはしない。興味もない。…逃亡した奴のことなど。

ふーん…、なんてキラは呟き、


「―――新しい本が手に入りそうでさ」


…思わず、手が止まった。


「僕も午後から休みなんだ。これから取りに行ってこようかと思って」
「………」
「雲行きも怪しいから、降る前に行った方がいいよね」
「………」

分かりやすい餌だと分かる。

キラだってそれぐらい分かる筈だと、一度は止まった手元の動きを再会した。


「街に出るのに少し時間かかるしさ」


が、手の動きが鈍くなったのを自覚する。

そして、その拒否する態度も無駄な足掻き。


「ね、早く行こう?」


キラの急かすオーラに結局は負けるのだった。







「あ…、…降ってきた…」
「走るぞ」

たった今手に入れたばかりの、くすんだ革の本を濡れないよう抱えて、二人は走り出す。

近くの屋根付きオープンテラスがある喫茶店の軒下に逃げ込んで、ほっと息を付いた。

雨の予報が出ていた今日、テラスにあるテーブルや椅子には客を迎える準備は何もされていない。それが今は助かった。

硝子窓の向こうに、店内の人影がポツポツと見える。少しだけ、屋根を貸してもらおう。

「弱まったら、走るしかないか…」
「うん…」

雨脚は徐々に強くなり、全身濡れるのを覚悟しなければならないような降り方になってきた。

これでは、暫くは動けそうにない。

「少しだけ待ってみようか」
「それしかないな」

顔に水滴が跳ねて来て、当たらないようもう少しだけ建物側へと身を寄せた。


二人並んで、ぼんやりと雨の街並みを見る。

サァサァと雨垂れを落とす灰の空。
色豊かな街が、不思議と静かな彩を持つ。
雨に溶け込み、まるで膜に包まれたように霞んでいた。

「止まないね…」
「ああ…」

言葉も減り、耳には雨音だけが木霊する。
室内とは違う雨の景色だった。


「帰れないな」

いつになるか分からない晴れ間に、溜め息が出そうだった。
残してきた雑務があると思うと、どうにも落ち着かない。

濡れることなど気にせず走ってしまうか…と、そう思い始めたところで、キラがぽつりと呟いた。


「休んでいこうか。ちょうどいいから」


意味が理解できず、沈黙した。

「………、…どういう意味だ?」
「そのままの意味だけど?」

逆に首を傾げられて、こちらが戸惑うばかり。

「このままだと濡れそうだし、ここのお店に入ろうよ」
「…俺は早く戻りたいんだが」

それは分かっている筈だろうに。
相手は空気を賢く読む奴なのだから。

キラは、こくりと頷き、

「遊びに行こうとは言わないから」

…そういう問題ではない。

頷く意味が違うだろう。
だが、眉間にシワを寄せるも、キラは到ってマイペースにことを運んでいく。
…そうだった。コイツは空気を読んだ上で敢えて意見を通す奴だった。

「基地には、『雨で戻れないから、帰りは遅くなります』って言っとこう」
「……事後の指示を出して来ていない」
「イザークがいないと動けないような連中なの?」
「………」
「少しぐらい遅れたって、平気でしょ」
「…まぁ…そうなんだが…、指揮する人間がいないと」
「大丈夫。来る前にディアッカに全部押し付けて来たから」
「……………」

なかなか雨あがんないねーなんて、キラは暢気に呟いていた。

そういえば、基地を出る前、一度姿を消していた。ちょっと忘れ物、なんて呟いていたが…。

「……………」
「心配事は、とりあえず無くなったよね。だから少しだけここでのんびりしようよ」

ね?と笑う。

「……………」

雨模様の続く毎日とはいえ、こんなにもタイミング良く雨が降り、足止めを喰う羽目になるとは。……いや、そもそもこの外出に誘われたことからして、

「キラ…、…お前謀ったのか?」
「何が?さすがに天気ばかりは、僕にだってどうにもできないよ」

だから、『雨』以外を謀ったわけか。

「………、…そうだな」
「ん?」

肩の力が、何だか抜けた。

上司も部下もない、軍人仲間とも違う、友人としての親しい笑顔が隣にある。
それを目にして、拘る自分が馬鹿らしくなってきた。

「………分かった」

息を付いて、イザークは笑った。

仕方がないから付き合ってやると受け入れる。


「僕達は雨宿り中。しばらく戻れません」

仕方がないことだよね?

同意を求めてキラはこちらの目を覗き込んだ。

「………、…お前が言うなら、仕方がないな」

キラはにっこりと笑い、

「じゃあ、お茶して帰ろうか」


雨は徐々にその雨脚を弱め始めていたけれど、拒否する気持ちなどとうになく。

ただ、近しい友人に見せる穏やかな表情でイザークは頷いた。





外は雨。


憩いの時。

休息の雨宿り。





『本日雨天の為―――――僕達休業致します』









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