「あ…また雨が降ってきたね」

機体のコクピットから出てきたシンに、キラのぽつりとした呟きが聞こえた。

その視線を辿ると、言葉通り雨粒が窓を叩き始めているの気付く。

「ホントだ」

最近は随分と不安定な天候が続いていた。
きっとこの空も、間もなく泣き出すだろう。

「大雨にならなきゃいいんだけど…」
「そうですね」



シンとキラの二人は今、施設外れの格納庫にいた。

自分のシミュレーションを見て欲しいと、シンが拝み倒してキラを連れて来たのだ。

何だかんだと、なついてくる後輩達には甘いことを知っているシンは、その情に訴えて約束を取り付けた。

しかも、奇跡のように二人だけで、だ。

シンは顔が緩むのを止められなかった。



「今ので何か気になったことは?」
「左手の駆動は大丈夫なんですけど、何か足回りが…、…うーんと…」

こういうのを具体的に言葉にするのは苦手だ。
元々感覚で標的を捉えて、感性で機体を操作するタイプだと自覚しているから尚更だ。

だが、

「ああ、なるほどね。…じゃあ別枠で組み込んでみた方がシンには合うってことか」

ふむふむと迷いもなく納得している。

「えと…、分かるんですか?」
「まぁ大体ね。自分で入れたOSでもあるし」

んー…それなら…とパソコンを叩き出したキラを見詰めて、シンはホッとしたような照れてしまうような、ほんわかしたものを感じた。

キラさんには、分かるんだ…。

それが、嬉しい。
シンがキラに実技を見て欲しいとせがむ理由の一つはそれだった。…勿論、一緒にいたい気持ちの方が大半を占めるのだけど。

キラは何かを打ち込み、やがてパタンとパソコンを閉じた。

「これだけやっておけば、後は他の人でも大丈夫でしょ。…そろそろ終わろうか」
「あ…、はい…」
「雨が酷くなる前に帰らなきゃね」

もう終わりなんだ…。

雨行きを気にしているキラを見て、シンは残念な気持ちになる。

「このぐらいの雨ならまだ帰れるかな」
「ちょっと濡れるけど平気じゃないですか」
「うん…、自分が濡れるのはいいんだけど…、パソコンがね。水は大敵だから」

精密機械を何より大事にする人だから、ほんの少しの雨粒が当たることにも躊躇している。

ならば、これはチャンスだと思った。

「じゃあもう少しだけ付き合って下さいよ!」

シンは意気込んだ。こんな機会、滅多にない。

「きっとそのうち雨も止むと思いますから、それまで!」

手を合わせて頭を下げる。
とどめは、

「お願いしますよ〜…」

ちょっと上目遣いの困り顔。

「…分かった。……もうその目は卑怯だよ」
「ありがとうございます!じゃあ今度は…」

意気揚々と、キラを引っ張って行くのだった。





あれから二時間余り経ち―――。

耳が拾う格納庫の外の雨は大分弱まっていた。
相変わらず暗いままの空模様だけど、あと一時間もしないうちに止むんじゃないだろうか。

同時に、近付く時間に気分も沈んでく。

「………」

見上げた窓の向こう。

まだもう少し、降り続いてくれればいいのに。
そうしたら…。

「シーンー?どうかしたー?」
「あ!すみません今行きます!」



それから、暫くして。



「うん。ここまですればOKじゃないかな。あとはちゃんとした整備士の人に見てもらった方がいいよ」
「はい。ありがとうございました」
「どういたしまして。…あ、雨もちょうどよく止んだ感じ?」
「そう…みたいですね…」
「雨音、聞こえなくなったね」

もう大丈夫かなと呟き、キラは立ち上がった。

「あ…」

仕方ない…か。
もう少し。もう少しだけ長く。
それを叶えてくれていた偶然は、そろそろ終わりのようだった。


「うん、大丈夫。止んでるね」

案の定、確認で開けた扉の向こうは雨などもう降っていなかった。

「片付けして帰ろうか」
「…はい」

荷物など大したものはないから、あっという間だ。キラが大切にしているパソコンと、幾つかの配線機器。それらを纏めて抱えあげ、

「よし行こう」
「はい」

キラがガチャリと扉を開けた瞬間、だった。


稲光。
轟音。

ザァ―――――、


「……………」
「……………」
「―――――シン」
「はいっ」
「………君、何かした?」

ぶんぶんと高速で頭を左右に降る。
何かをしたわけでも、何かが出来るわけでもないのだが、必死に否定してしまう。

「まぁ、それはそうだよね。人に天気を操れるわけないもんね」

こくこくと頭を縦に降る。

「…まだ帰れないか…」

キラは溜め息を付いた。
就業時間は間もなくで、このまま雨が止むのを待っていたら、確実に陽が沈む。

「どうしようか…」

キラは近くにあるパソコンに目をやり、窓を見て……、………もう一度、息を付く。

やがて、何かを決めたのか、扉からすたすたと離れて床に座り込んだ。

「よし。こうなったら、最後まで付き合うよ」
「え」
「シンのシミュレーションにさ」
「いいんですか!?」

目を丸くするシンに、うん、と頷き、

「というかむしろ、僕に付き合ってもらうよ。シン」
「へ?」
「ここまで来たら、どうせ暫くは余計な作業は入らないだろうしね。僕もやりたかったことに集中するよ」

ベストな相方もいるしね?

残業の覚悟を決めたのか、よし、と気合いを入れ直し、キラはてきぱきと複数の配線を繋ぎ始めた。……さっきより、数倍多い。

「それじゃ僕はここで別の作業やってるから、シンの方で必要な時呼んでよ」

キーを叩き始めたキラを見て我に帰ると、慌てて駆け寄った。

「あ!俺もこっち手伝います!」
「シンのやりたいことやってていいよ?こっちで手を貸して欲しい時には声かけるし」
「いいんです。俺のやりたいことはこっちなんで」
「機体の微調整したいんじゃなかったの?」
「えと…、…キラさんの手伝いしてる方が勉強になるから!」

そう?なんて呟いて、自分の仕事に入り始めたその人の傍に寄る。

「シンの部署とはやってること違うから、見ててもつまんないよ?」
「全然平気です!普段どういうことしてるのかも見たいし…」
「じゃあ、プログラムを入れた後の機体のシミュレーションに付き合ってね」
「はい!」

苦になるなんて、とんでもない。
おすわりを命じられた犬のように、ちょんと座ってシンは大人しくなった。

それに、くすりと笑い、キラもキーを叩き始めるのだった。





雨の鈍い音が響く。
さっきのような雷鳴は、もう聞こえない。

…夕立のような匂いがした。

地面に直接座り込んでいるから、音よりも一層それが雨の感触を伝えてくる。
分厚い格納庫の壁が、豪雨のような雨音を小さくし、二人だけの音の気配を作り出していた。


そっとキラの横顔を盗み見る。

いつもは穏やかな雰囲気を纏うその人の、張り詰めたような集中力。
その姿が凄く好きだった。

速読する視線も、迷いのない指先も。

…今は、自分だけのもの。

まるで室内を守る鎧のように、誰も何もこの中にはやって来ない。正真正銘二人だけの空間。

何だかそれが嬉しくて、照れたように笑みを浮かべていたら、キラに首を傾げられた。

「どうしたの?」
「いえ…、…なんか…雨もいいなぁって…」
「シンって雨が好きだったっけ?」
「好き…、………はい今は、好きです」
「??」

今この時ばかりは、大好きで、感謝したい。

人を外に誘うことは苦手でも、同じ場所に留まらせることには長ける、雨の力。
今はそれに、感謝する。



ごめんなさい、キラさん。

もうちょっとだけ、お願いしてもいいですか。





…―――――雨よ、どうか降り続け。












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