* For Clover *




草の大地が広がる―――。

緑が一面の原には、時折小さな野の花が咲き、ひょこりと淡い白が顔を出していた。


さわさわと揺れる緑の中に、キラは全身を投げ出して倒れ込む。仰向けの視界には、広い空。

緩く広げたままの掌、その指先にも。
その頬にも。
音を拾う耳元にも。

小さな白爪草が揺れていた。



緑に埋もれたまま、閉じていた目を開ける。

その先には、蒼い空と柔らかい橙色の太陽。
温かい陽射しと、その光に目を細め。

浮かんだ面影に、ふわりと笑った。


「今日ぐらいは、ちゃんと笑顔でいてよね」


笑いを含んだ呟きは、風に溶けた。

思い浮かべた金色の姿は今日、きっとここぞとばかりに飾り付けられ、愛想を振り撒くことを強要されているに違いない。本人にとっては限りなく不本意なことに。

そんな、忙しない一日になるだろう片割れからそれでも忘れずに送られてきたプレゼント。

四ツ葉のクローバーを模した金色の栞。

今日という日に届けられた贈り物は、幼い頃を思い出すような、優しい気持ちに溢れていた。

そしてまた自分も、今日という日に届くように贈り物をした。―――淡い紫のペンダントを。

彼女からの手製の栞には、金の箔押しに金色のリボンが結んであった。
私を忘れるなよ、と…鮮やかに眩しい、太陽の輝きのような色をした。
幸福の象徴たる四つ葉を縁取るものとして。

そして、自分もまた、忘れないでよと小さく笑う意味を込めた、朝焼け色の石を贈ったのだ。
青く美しい大地で、沢山の人に祝福されているだろう、その金色に。


彼女からは、四つ葉の栞を貰った。

彼女には、薄紫色の石を贈った。


祝福の一日を半分こ。
幸福も半分こ。

それがきっと、自分達を生み育ててくれた人達の願いだろうから。



「―――キラ。呼びに来ましたわ」
「…うん」

いつの間にか、近くにはラクスが佇んでいた。
今日は、自分の為だけの歌姫になってくれるという。それが、贈り物だと。

「ごめん。…もう少しだけいいかな」
「はい」

このまま座っていたいのだと草原から空を見上げ続けるキラに頷いて、ラクスもまた腰を下ろした。

風が揺れる。
鳥の鳴き声がする。
花を咲かせたばかりの白爪草が、緑の季節の訪れを告げる。

「キラ。これも私からのプレゼントです」

ぽすりと頭に乗せられた、白爪草の花冠。

きょとんと瞬いて、ラクスを見る。
柔らかな笑顔がその向こうにあって、やがて…キラもまた、はにかむように笑い返した。

「歌姫からの花のプレゼント。光栄だね」

まあ、とラクスは囁き、花のように微笑んだ。

手に触れるのは、美しい花とは違うけど。
緑の原に埋もれて気付かないぐらいの、小さな小さな指先ほどの花。
時折その身を薄紅に染めて風にそよぐ白い花。

…―――白を紡ぐ草だ。


「…ありがと」


緑と雫のような白い花に囲まれて、陽光が溢れる。

静かに笑い合う二人の横を、温かな風が吹き抜けていった。





キラは一人、緑の草原に胡座をかいて、遠くを見る。

傍らには白爪草の花輪。陽光を弾く金色の栞。
側には無いけれど、今日までに沢山沢山の花を貰った。

祝福の花。
弔いの花。
約束の花。

天が正しくどちらか分からない星で、それでも緑の原から一人、空を見上げる。

天上に想う人がいる。
地上に想う人がいる。

風が、濃い緑の大地を浚う。
初夏の薫りが立ち上る。


遠くから、自分の名を呼ぶ慕わしい人達の声がする。

遠い遠い何処かから―――――泣きたくなる程懐かしい声もした。


少年は立ち上がる。


そして、遥かな空と大地と風の、今日という光の祝福を受けて。



彼は、愛しい者達の元へと歩き出した。



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