22//にがさないで
「こら!シン!アンタまた一人で何サボろうとしてんのよ!」
チッ。
小うるさい幼馴染みに見付かったと舌打ちしたシンは、今までみたいに笑って誤魔化す気力を放棄した。
あの声の怒り具合からして、おそらくもうその手段は通用しないと悟った。
「あーもう、やめやめ。俺はそういうのに向いてないんだから、ルナ達に任せる」
「これも立派な赤の仕事でしょう!?責任無さすぎるわよ!」
「一番の赤の役目は果たしてる。…じゃーな」
「あ!シン!……ンの馬鹿!!」
ガミガミとウルサイ彼女を背に置き去りにして、シンは去っていった。
エリートとして認められた赤い軍服に課せられた役目というものは、何も戦闘だけではない。
時代と現実が一番にソレを求め、また、己の能力を発揮できるのが、戦場なだけで。
人が密集した部屋やら、論理まみれの堅っ苦しい束縛された時間など、シンには窮屈で仕方がない。
赤い服を着てるのは何も自分だけではないし、そっち方面が得意な連中に任せた方が効率も良いだろ、というのはシンの言。
たまーに、抜け出し損ねてさっきみたいなお小言を喰らうが、その程度で済むなら気楽なものだ。
さっきの幼馴染みへの言葉通り、自分の最たる役目はこなしているんだから。
することもないし(逃げたし)、誰かに会ったらまた同じ口撃を招きそうだ。
シンは、シミュレーションルームに篭ることにした。
すると。
「あれ…、何やってんですか」
「シン?」
暗い部屋の中、画面に向かうキラがいた。
「新型の調整にね」
「ふーん…」
ソフト面の最終調整を行っていたとのこと。
「仕事熱心ですよねー、あんたも皆も」
「ん?」
「そんな頭の痛くなるようなこと、俺はごめんです」
悪びれもせず言うことに、キラは困ったような笑いを返すだけだった。
それでも絶えず指は軽やかに動いている。
身分が上がれば上がるほど、部下の指導やら担当艦の整備やら、広く多く仕事をこなさなければならなくなるのは自明の理。責任もまた。
よく出来るもんだなと感心する反面、面倒じゃないかと呆れたり。
ややこしく小難しい責任を課されるのなら、自分は一生、単独で動ける今の身分でイイと感じる。
「そういえば…、シン、今日の仕事は終わったの?」
「え、…いや、そりゃ勿論」
「そう」
バレようがどうしようが別に構わないが、日々大変な仕事量をこなすこの人にそれが知られるのは、何となく具合が悪い気がした。
情けない気もしてバツが悪く、視線を逸らしてしまったけれど。
あっさり納得してくれたから、少しほっとする。
光速で動くキラの手元と画面を、シンは暫くぼんやりと見続けていた。
「そうだ、シン」
「なんすか」
「これからまだちょっと、仕事が残ってるんだけど」
「へー、そりゃご苦労サマです」
隣で腕に突っ伏して、見るともなしにキラの手元を見ていたシン。
耳をすり抜けたように相槌を打った。
「シン、僕の補佐に入ってくれないかな」
「……は?」
「ちょっと大変なものだから」
「嫌ですよそんなの!めんどう」
「新しい機体、いじれるよ?」
「え」
「操作できるのは極一部の関係者だけじゃないかと思う。アレ、扱いが複雑だから」
「それって…」
以前、格納庫で見上げて、「凄い」と好奇心丸出しにされたアノ機体だろうか。
シンの目に、新しいおもちゃを目の前にした時のような、少年の好奇心を帯びる。
「そう。第三者に具合を聞いてみたかったけど、このクラスになると、ある程度の技術がある人じゃないと難しいから」
シンなら、出来るよね?
その一言に、彼は意図せず落ちた。
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「ありがとうございました!ヤマト隊長!」
「一石二鳥だったね」
「さっすが!ですね!シンの奴、こうでもしないとここに来ませんもん」
女の子らしい元気さで力一杯髪を揺らして、可愛いもう一人の後輩は笑った。
つられてキラも笑顔になる。
「これで暫くは上機嫌に出勤してくると思います。ホント、感謝です」
真新しいものにさわれる好奇心と喜び。
そして最後の決め手は、頼られた、シンなら出来る、というその言葉。
とかく認められたいと思う相手からの『お願い』は、まさに最高の殺し文句だ。
「押して駄目なら引いてみろ、かな」
「いいえ。普通の押すも引くもシンには逆効果ですよ」
「そう?」
「はい。今回は、ヤマト隊長の上手い言葉回しの押しと、笑顔の引きがあったからこそ、です!」
「何だか詐欺師みたいに聞こえるな…」
「詐欺は詐欺でも、人の為になる詐欺ならいいんです。それに、ヤマト隊長にだったらそれでもいっかなー、みたいな」
「…?…よく分からないけど、お役に立てたのなら良かったよ」