* EARTHGREENFIELD *




「は…?…たんじょうび…?」

誰の…?

「だから。ヤマト隊長の。誕生日」


幼馴染みからの一言は、自分にとって今年一番のショック事項だった。

「アンタ知らなかったの…って言うまでもないか。その顔見れば」
「…しらな…かった…」
「周り結構騒いでたと思うけどね…」
「………」

そう言えば、ここ数日、女子達がエラく黄色い声を上げていた一角があったような…。

「私達も皆でお菓子でも作って渡そうって言ってたのに、急に予定が入っちゃうんだもんな。ホント、残念でさー…って、聞いてるのシン」

プレゼントプレゼントぷれぜんと…。
無理だ。今更準備する時間はない。もう日数もない。休みもない。どうしよう。

抜け出すか?
けどバレたらきっと渋い顔をされる。悲しむ。
そんな長い時間抜け出すことも出来ないのに。
何を渡したらいいのかも分からないのに。

いや、何をあげても喜ぶのだろう。それは分かる。でも、やっぱり『特別』を贈りたい。

自分だけの。…自分にしか渡せない…。

「……自分にしか出来ない…?」

そうだ、と閃くものがあった。
ふと、顔を上げる。
カタチ有るものじゃなくても、贈ることの出来るもの。

元より自分が贈れるものなど大してない。
ましてや、沢山の人に想われている人なのだ、誕生日を祝うプレゼントなど山のようだろう。

…だから、目には見えない贈り物をしよう。

そう、今日から残りの…その日を迎えるまでの一週間……【理想の後輩】でいられるように、努力をするのだ。

いつも面倒迷惑ばかりを掛けている自分だから、せめて、その人の手を煩わせないように。
ありがとう、とは違うけれど、少しでも感謝を伝えられるように。

がたん、と音を上げて立ち上がり、グッと拳を握り締めた。


「俺は今日!変わる!」


大爆笑の渦が、シンを包んだ。





「よし!終わり!」

システムの打ち込みを全て完了させ、シンは立ち上がった。いつもよりも遥かに早い時間だ。

めんどくさい、と言って割り当てられた作業を他人任せにする姿をよく見ている周囲は、いろんな意味で驚いていた。

そんな彼らを置いてきぼりにし、シンは「じゃあ次の講義に行くから!」と駆け出していく。
それがまた益々周りの驚きを誘っていることに本人だけが気付かないまま。


…シンが出ていってから程無くして、そんな空間に一人の先輩上司がひょこりとやって来た。
いつもと違う空気に首を傾げて、知り合いの所へと歩いていった。





昼休み前の最後の講義。

教壇に立つ上官は、時折、奇妙なものを確かめるように後ろを振り返る。テキスト代わりのパソコンから顔を上げる。その視線の先には…。

じっと同じ姿勢から微動だにしない人間が一人。視線もまた、こちらに向けてじーっと動かない。手元はメモを取るように時々パソコンを叩いてはいるが。


……不気味だ…。


鬼気迫るようなオーラを出しながら、ひたすら前を見ている。
教官だけではなく、周囲の人間もまた同じ気持ちになって、一種異様な空間に包まれつつある一場面があったとか。





それから、三日後。

「シン…あんた極端に走りすぎ…」
「は?」

昼休み。食堂。
昼ごはんを口に入れ掛けた体勢で、向かい側の幼馴染みへと視線を向けた。

「何かあったのか?って、皆に聞かれるんですけど」
「何が?」
「………、……普段の素行が丸見えね…」
「…?」

慌ただしくお昼をかき込んでいる様に、シンの気合いの入り方が見え隠れするようだった。

目の前で溜め息を付かれて、シンはフォークをくわえたまま首を傾げる。
もむもむと口を動かしていたら、幼馴染みは何かに気付いたように顔を上げた。

「…ん?…あ、ヤマト隊長」
「え」

ガバと向けた視線の先に、周りに挨拶をしながら歩いてくる見慣れた白の軍服があった。
そのままシン達の所にやって来る。

「お疲れさま。相席いいかな」

どうぞどうぞと笑顔になる彼女とは正反対に、シンは勝手な気まずさを感じて目を逸らした。

キラは不思議そうにするものの敢えて問わずに別の話題をふった。

「シン、最近優等生なんだって?」
「…え…」
「ここのところ、いろんなところでシンの名前を聞くよ」
「あ…と…」
「それ、不可思議なものを見た的な話題じゃないですか」

冷静な隣からの突っ込みに、思わず睨む。

「すっごい頑張ってたって聞いたけど?」
「あ、コレは期間限定なんで、あんまり期待しないで下さい」
「ルナ!」
「期間限定?…それってどういう」

不思議そうなキラの視線に耐えきれなくなり、シンは立ち上がった。

「俺もう行くんで!」
「ちょっとシン!片付け!」

やっといてー!と叫びながら、シンはそのまま食堂を後にした。



まだ、早い。
まだ、言えない。
まだまだ頑張ってからでないとダメだ。


そして、それ以降の講義でも。
例えお昼後の睡眠を誘う時間であっても。
シンは一心不乱に完璧であることを目指した。

大半を寝るか上の空かで過ごすシン・アスカが、きちんと背を伸ばして机に向かっている、と担当教官達が目を丸く姿が何処にいっても見られたのだった。





…あと残り四日。


「シン・アスカは今いる?」

扉近くで聞こえた声にハッと背筋を伸ばした。
意識しなくたって、自然と耳が声を拾う。

しかし顔を向けることも出来ずにいたら、あっちにいますよ、という誰かの言葉にありがとうと返したその人が、シンの元へとやって来た。

「お疲れ、シン。…今、時間いいかな」
「は、はい」

何か、今は会うことが後ろめたい…。
俺の勝手な思い込みなんだけど…。

「午前中のプログラミングの件で」
「なんかおかしかったですか!?」

それは昼前の作業割り当ての内容だった。
何かミスでも!?と焦るシンに、キラは笑って首を振る。

「んーん。完璧」
「…ホントですか?」
「本当。教官達も褒めててさ。なんか僕まで嬉しくなっちゃって」

そのことをシンに報告がてら、顔を見に来ちゃったんだ。
今にも頭を撫でてきそうな、ほのぼのとした笑顔を目の前にして、シンは赤面してしまった。

「集中すれば、シンは出来るんだよね。…最近どうしたの?何かあった?」
「う、…イエ」

ん?と顔を覗き込まれて、ブンと視線を外す。

「俺!次の実技の予習して来ます!」
「予習…あっ、シン!」

ダッと、キラを置いて駆け出した。

すみませんー!と心の中だけで叫びながら。
この一週間を完璧に終わらせることが出来たら、絶対おめでとうって言いに行きますから!

少しずつ頑張りの甲斐が出てきていると思う。
でもまだ、もう少し。





あと、三日―――。


「あ、シン。今日ちょっと時間貰えるかな。この前話してた…」
「あ…と…、ごめんなさい…。今日この後に教官室に顔出そうと思ってて…」
「そっか…。…今日も先生の所で予習復習?」
「…はい」
「あまり頑張り過ぎて身体壊さないようにね」
「はい。…すみません」
「いいえ。今度また、時間がある時に、ね」
「はい」





あと二日―――。


もう少し。
もう少しで一週間が終わる。
もう少しで、胸を張って『おめでとう』が言える。

「シン、あのさ、」
「すみませんちょっと人に呼ばれてるんで!」


自分に自信を持って、言葉ではなく行動で日頃の感謝を伝えて、それから…、





あと、一日―――。


「……あ、」
「ごめんなさいー!」





それから。


貴方がここにいることへの感謝と―――…、





そして―――――七日目の夕方。


「…終わっ…た……」

ぱたり、と模擬戦用シミュレーションルームのシートに、深く背中を預けた。

数えて一週間。
自分自身で決めたその期間をやり抜いた疲労が、深い溜め息となって吐き出された。

最後の課題は、模擬戦のテストだった。
そして、自分が望む最高の成績となって、結果は納められた。

シートから降りたシンを、友人たちが歓声を持って取り囲む。
仲間であってライバルな人々の中で、トップを取ったのだ。シンは、満足気に笑う。

そんな中、ふと人垣の向こうに視線を向ける。


…あ…、キラさん…。


入口のすぐ側。人の輪の向こうに佇む白い影。
大勢の中にあったって、見間違うこともない。


その視線は、穏やかだった。

穏やかに、笑っていた。


偶然にも、最後の日に最高の結果を残すことが出来て、シンはやっと笑って言葉を伝えられる、と笑顔で駆け寄ろうとした。

…けれど。

白い姿は、一人そっと背中を向ける。
誰かに気付かれることもなく……静かに立ち去って行った。





「…いない…」

切れ気味になる息を深呼吸で落ち着けて、シンは次の場所へと駆け出す。

時刻は既に就業時間を過ぎていた。

もう、帰ってしまったのだろうか…。
探す人の姿は、何処にも無かった。


「ああもう!俺のバカ!」


さっき幼馴染みにも言われた言葉を、もう一度自分に浴びせて走り出す。


あの白い背中を見た瞬間に、何かが間違っていたことに気付いた。

あの笑みは穏やかで……そしてとても、寂しそうだったことに。思い出して気付くなんて。


馬鹿、マヌケ、鈍感、ヘタレが。
優等生をやりきったシンに、幼馴染みが向けた言葉は「お疲れさま」でも「凄い」でもなく、冷えた非難のオンパレードだった。
でも、その通りだった。

一番大切にすべきことを後回しにして残った結果には、何の意味もない。
あの時のあの人の―――あの表情が、全て。


ホント、俺ってバカ!

後悔ばかりが渦を巻き、シンを駆り立てた。





人から聞いた情報を頼りに向かったのは屋上。
その先へと駆け上がり、扉を開けた。


赤く暮れ欠けた西日の中に、その人は立っていた。着替えた直後なのか、真っ白いワイシャツが橙色に染まっている。


こちらの足音に気付いて、振り返った。

少しだけ、驚いたような表情をして。


「キラさん…っ、俺……っ、…なんか色々とすみませんでした!」

ぜーはーと息切れを起こして声が掠れる。
呼吸を整える意味も込めて膝に手を付きながら頭を下げたら、……小さな笑い声が上から聞こえてきた。

「シン、色々とぼろぼろだよ?…皆に揉みくちゃにされた?」
「え」

改めて見やった自分の格好は……言われた通りボロッボロだった。
着替えかけの軍服とぐちゃぐちゃに乱れた髪。

「うわっ」

慌ててずり落ちた服と頭を整え、汚れてるわけでもないのに顔をごしごしとこする。

すみません…と、色々と消え入りそうな声で視線を落としたら。


ふわりと、頭に温かい感触。

乱れた髪を整えるように、頭を撫でられた。
……その指先と何ら変わらない、優しい笑みを向けられながら。


「これも、一生懸命頑張った証だね」


よしよし。よく頑張りました。
キラさんは、そうして頭を撫でてくれた。

…ダメだ…。
何か色んな意味で顔が見れないじゃん…。

いつもなら子供扱いして欲しくないとはね除ける手が、今はあまりにも優しすぎて、強く閉じてしまった目が開けられない。

申し訳なさと…―――――それから。

「キラさん…」
「ん…?」
「本当、色々とすみませんでした…」

本当に。自分は、なんて馬鹿なのだ。
この人にとって何が特別悲しくて、特別喜ぶことなのか。そんなことも忘れていたなんて。

大きな勘違いだった。あんなことをしたって、この人が喜ばない事ぐらい分かっていたのに。

…いや、喜んでくれていたのに……俺が…。

キラは不思議そうに首を傾げた。

「シンが謝ることって、何かあったっけ?」
「……せっかく話しかけてくれてたのに、無視したり…」

普段なら、笑みを隠しきれないぐらいに嬉しいことだった筈なのに。
どうして置き去りに出来たのか、分からない。

「それは、シンの中で優先することが他にあったからでしょ?」
「でも…」
「確かに少し、寂しかったけど…さ」

弱く笑って首を傾ける。
う…と詰まってしまった。

「シンが変わろうとしてるなら、見守るのも先輩としての役目だし」

ね?
あの時と同じ、背中の夕陽のような穏やかさで笑う。ほんの少しの、寂しさを混ぜながら。

息が詰まった。

「俺…が、変わろうと思ったのは…っ、…キラさんに少しでも喜んで貰えたらって思ったからで…!」
「僕?」
「…はい。……俺、いつも迷惑ばかりかけてるから…」

だからせめて。
大切な人の、大切な日、くらいは。と。
そう決意したこの一週間。

しかし結果は、笑顔ではなく悲しそうな顔をさせただけだった。

結局、何一つ贈れないまま…。


「…っ」


…―――それだけは、嫌だ。


「シン、」
「すみません!ちょっと待ってて下さい!」

キラの答えも聞かず、シンは走り出した。










「これ…!貰って下さい!」

紙に包んだ黄色く小さな草花を、差し出した。


「菜の花…?」
「こんなものしか用意出来なかったけど…」

今度こそ、顔を上げてその人の眼を見た。


「誕生日、おめでとうございます」


背の夕暮れが黄昏の紫に変わる。
それと同じ色の…とても好きだと思うその色は驚いたように丸くなり、


「………ありがと」


やっぱり、大好きな笑顔に変わって微笑んだ。


そろりと渡った黄色く小さな花の束。

香りたつ無数の花束でも、色鮮やかな大輪の花でもない、緑の野原にただ揺れているだけの小花を抱き締めて、キラは夕陽の中で佇む。

透明フィルムの代わりに花を包むのは、適当に見付けてきただけの白黒の広告誌。
風が、無彩色の紙とキラの白いシャツを揺らした。


絵になる景色に思わず見惚れていたら、キラがシンの手元にふと気付き、小さく笑う。

「…ふふ…、シン、手…真っ黒だよ?」
「ぅえ!?」

確かに泥だらけだった。
服の裾にまで汚れが付いてしまっていて、これは確かに…人にものを贈る時の格好じゃあ…ない、かも…。

ずーんと影を背負い落ち込んだ。
何でこう…俺は最後まで格好付かないんだ…。
カッコワルイ。

「…服…汚れちゃいますね」

清潔そうな白いシャツにも、付いてしまった。
何て不似合いなプレゼント。不相応な贈り物。

キラは首を降った。

「さっきのはシンを責めたんじゃなくて、むしろ逆」
「え」
「そんなに真っ黒になってまで、花を摘んできてくれたの。…ってね」

うん、ありがとう。大事にするよ。

泥に汚れた小さな菜の花を、大切なもののようにぎゅっと抱き締めて笑う。

シンは、ほっとしたような…目が潤んでくるような気持ちになって胸を押さえた。

…そうなんだ。
こんなに些細で、小さなことで良かったのだ。
気付いてみれば、何て単純なこと。

口元が緩むのを止められずに俯いて、照れたようにシンは頬を掻くのだった。



「陽も暮れたね。もう帰ろうか」
「はい。…あ!送ります!」
「ありがと。…今日が終わるまでが優等生?」
「それイヤミです…」
「ふふ。もう続けないの?」
「目的は果たしたんで」
「期間限定はホントなんだ。たまにはそういうところも見せればいいのに」
「さすがに疲れたっていうか…多分、もう無理です…」
「はは。それは残念。真面目なシンも、きりっとしててカッコ良かったのになぁ」

え、と顔を上げた時にはもう既に、その白い背中は屋上の入口へと歩いていってしまっていた。


「どうしたの?…行くよー」

いつもと変わらない、紫の空のような笑顔。

日暮れの空が毎日そうであるように。
特別なものもなく、ただそこにある姿。

一つ歳を重ね、一歩分大人になって、それでも二人の距離は変わらない。


「シンー?」

「今行きます…!」


いつまでも、そうして寄り添っていけたらと…白い背中を追いかけた。





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