* LavandulaHerb *




人伝てにその人の誕生日がもうすぐだと聞いた時、まずはその有名度に息を付きたくなったのが本音だ。

普段の影響度というか何というか…。
本人は顔も名前も知らない人間からも、きっと沢山の『おめでとう』を貰うのだろう。

そうして、一人一人に笑顔で『ありがとう』と返すのだ。…簡単に想像が付くこと。


そんな小さな祝い事の中―――そして自分は。





「誕生日おめでとうございます。ヤマト隊長」

自分もやはり彼らと同じことをするのだった。
知ってしまった以上、無視は出来なかった。
…ついでに幾つか、頼まれごともある。

が、言葉を掛けた途端、カラー…ン…と足元に音が落ちた。

何だ?と視線を辿れば、その人が手にしていた工具を落としたことが原因だと分かった。その表情を、呆然と驚きに変えながら。眼を丸くし、こちらを凝視していた。

「…?」

何だろうかと思いはしたが、相手からの反応はないので、伝えたいことを伝えてしまおうと口を開く。

「何か欲しいものはありますか?」
「…え…、…え?……あ…」

漸くフリーズから我に返り、慌てて落とした工具を拾い出したキラに、レイは言葉を掛けた。

「えと…、……え…っと…ね」

動揺を隠しもせずに視線をあちこち泳がせる。

自分には、隠れて準備をする、喜ばせるためのサプライズを起こす、なんて気の利いたことは出来ない。だから直球で行った方が手間も無いと思った。

「どうかしましたか?」
「あ…いや、…どうかっていうか…。レイこそ急にどうしたの?」
「…?…急に、ですか?」
「うん。いつも通りの表情とトーンで声掛けられたと思ったらいきなりふかぶか〜と頭下げられてさ…、何かと思うでしょ」
「それはすみません。特に意識して無かったので」
「うん、まぁ、レイらしいよね…」

やりかけの作業を一時休めて、キラはレイへと向き直る。

「ありがと。僕の誕生日、知ってたんだ」
「おそらく今、この施設内で知らない人はいないと思います」
「…何で?」

ハテナマークを飛ばして首を捻っている。
ある意味、知らないのはこの人だけだろう。

「皆どこかから聞いたんでしょう。自分も色々と頼まれました。日頃サポートをして貰っているお礼にと…」

とりあえず、これだけ先に渡して置きます。
淡い色の小袋を差し出した。

「なに?…何かイイ匂いがする…」
「ラベンダーの香料が入っているそうです」

遠方任務で誕生日にプレゼントを渡せないと嘆く女性陣に、半ば泣き付かれた代物だった。正直、押し付けられたに等しい。

「その香りは集中力を高めてくれる効果があるそうです」
「へぇ…そっか。嬉しいな…」

掌にちょこんと乗った薄紫の袋を、大事そうに握りしめた。

彼女達はきっと普段のこの人の仕事振りを遠目に見て、少しでも役に立つものを、と思って考えたプレゼントなのだろう。そして、いつも持っていてくれれば嬉しいというささやかに慕う感情もも込めた贈り物。

「これをくれた人にも伝えてね」

ありがとう、と幸せそうに微笑う人。

ああ、そうか。…だからか。
皆、この人のこの顔が見たくて、贈り物を手渡すのか。

「…?…なに?」

穏やかな笑顔のまま首を傾げるキラに、いいえと首を降る。

らしくもなく、この穏やかな時間が続けばいいと思った。嬉しい、幸せ、そんな感情を溢れさせるその人の近くにいられればと。


「…それで、隊長が欲しいものは何ですか」
「うん? もう貰ったじゃない。コレ」
「それは、俺からのものでは無いですから」

貴方の欲しいと思うものは、何ですか。

「………、…レイからの?」
「はい」
「聞いてくれるの?」
「はい」
「…ホントに?」
「俺が出来る範囲のものなら」

散々躊躇した結果、怒らないでくれればいいんだけど…と更に前置きをする。

「そこまで遠慮するような、難しい内容なんですか?」
「簡単なこと…だね。それ自体は。ただ、レイが不快に思わないかが心配」
「それこそ今更ですよ。気にしません」

そっか…と、ホッとしたように息を付き、キラは顔を上げた。


「じゃあお願いね。もう一回だけ、おめでとうって言ってくれるかな。…僕の名前と一緒に、さ」


レイだけが…他人行儀なままで、僕の名前を呼ぶから。何だか少し複雑だなぁって。
後輩の中でも特に可愛いがってる一人なのに、さ。…あ!特別扱いしてるわけじゃないけど!

恥ずかしさを隠しながら早口で喋り尽くして、ダメならいいから!嫌ならいいから!と首を振っている。

「そんなことでいいんですか?」
「そんなことって…、僕にとっては叶わぬ夢だと思ってたんだけどね…」

むー…と頬を膨らませて唸っている。
…この人、もうすぐ幾つになるんだった?
これからも、永遠の十代を素で行く気がする。

「………」
「…レイ…?」

まぁ、そんな人だからこそ、こんな風に…子供が親の顔を伺うように、不安そうな顔をしながら細やかな『願い事』を言葉にするのだろう。

上目でこちらを伺う歳上上司を見て、それからもう一度、レイは静かに頭を下げた。


「誕生日おめでとうございます…―――キラ」


最後の一瞬だけ顔を上げてその目を合わせて。

それはまるで、宜しくお願いしますと上官に頭を下げるのと同じトーンだったけれど、自分にとってはそれが普段通りの態度。
真面目と言われようが、変えられない。

安い願い事だが、と思いながら相手の姿を見ていると、先程と同じ固まった表情から……徐々に解凍が溶けていった。…―――耳元まで真っ赤に染まりつつ。

「…うーん…。…破壊力抜群だね…」

視線がうろうろ彷徨っている。赤面したまま、口元を押さえて唸っている『上官』の姿。

「…何ですか?」
「声に力があると思ってたけど、まさかここまでとは…」
「………」
「あ、ごめん。嬉しすぎてよく分かんなくなっちゃった」

頭をかいて、照れたように笑う。
冷まそうとしているのか、ぺちぺちと顔を叩いてから深呼吸をし、漸くこちらに向き直った。

「ありがとう、レイ。やっと叶った願い事だよ」
「大袈裟ですよ」
「んーん。こんな時じゃないと言えなかったし。…誕生日も捨てたもんじゃないね」

へへ…と照れ隠しに笑い、噛み締めるように目を閉じては口元に小さな弧を描いた。

それは、いつも自分達後輩を見守るように笑うその人が見せる、貴重な自分自身の為の笑顔に見えた。


今日は、キラ・ヤマトという一人の人間が特別になる日。

だから、自身の為に微笑ってくれるなら……。

そうしてレイもまた、穏やかな微笑を刻んだ。


「…ね…、…レイ…。君には分かるかなぁ…。君が―――…」

何かを思いながらぽつりと呟かれた言葉の終わりは、一人言にも近い声量で、よく聞き取れなかった。

「…?…何か言いましたか?」

振り返って見詰めたその人の表情は、何処までも優しく、

「…何でもないよ。……今日はありがとうね

ふわりと香る柔らかな甘い香り。
一際鮮やかでも輝くように魅力的なわけでもないけれど、誰もが知ってる優しい香りだ。
すぐ隣に咲いて、風に揺れている花。


ラベンダーの花言葉は―――。

期待と疑惑。
沈黙と豊香。

貴方を待っています。
私にこたえて下さい。
表裏一体の花言葉に香る、紫色の優しい花衣。


「あ、そうだ。コレ、半分こしようか」

いそいそと、匂い袋を開け始める。

「少しの量でもきっとイイ匂いがするよ」
「それはヤマト隊長へのプレゼントです。貰ったら、俺が渡し主から恨まれる」
「もう僕のものだもん。少しだけ好きにさせてもらうよ」

片目を瞑って笑う。

「レイにも持ってて貰いたいからさ」

皆には内緒ね、と声を潜めながら。
近くにおいでおいでと手招きし、頭を突き合わせて優しい香りを囲む。

「うわ、直接花びらを嗅ぐと、さすがにキツいね、これ」
「何やってるんですか…。駄目ですって、それ以上やると益々こぼしますよ」
「どうやったら戻るんだ?コレ」
「貴方、何歳になるんですか…」


……ねぇ、レイ?


「呆れないでよ。少なくともレイよりは年上なんだけど、自分」
「威厳無さすぎです」
「む」
「かわいくありません」
「レイ、最近誰かさんに似てきたな」
「それは光栄ですね」
「………」
「…ふ…」


君が僕の誕生日を祝ってくれるってことはね、君の命もまた祝福してるってことなんだよ。

いつか君がそれに気付いて、僕らだけじゃない沢山の人に、同じ笑顔を見せてくれるようになればいいと願う。


…―――それは、そんなに遠い未来じゃないと思うけど…、ね。



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