* CARNATION *




赤は、愛情と生命。

白は、弔いと偲ぶ想い。…―――そして、







「あれ…、イザーク…」

街中でふと、私服姿の友人を見付けた。
店のショーウィンドウの前で一人立ち止まり、腕を組んで動かない。
何となく、店内を睨み付けているような気配。
誰も近寄れず、イザークの側を皆、避けて通っている。

だが、キラには分かる。
…あれは何かを悩んでるんだな…。

何をそんなに、と思ってツツと視線を辿れば、その店は雑貨屋だった。どちらかと言えば、女性が好む品揃えの。

「??」

益々首を傾げたくなり、キラは駆け寄った。



「助かった、キラ」
「いいえー」

安心したような顔をして、イザークは手の中に抱えたものを見た。

「エザリアさんも喜ぶよ」
「ああ…、そうだといいんだが…」

母親が絡むと、イザークも途端に年相応だ。
それが微笑ましくて、横に並んで歩きながら、キラも笑った。


『…もうすぐ母の日だからな…。何か渡そうと思うんだが…』

そう言って、一人悩んでいたところに鉢合わせたわけだ。
今年は休みが重なったようで、家族水入らずで過ごすことになり、折角ならば何か贈り物を、と考えたようだった。…プレゼントしたいんだ、と言わないのがイザークらしかったと思う。

相談に乗る形になったキラだったのだが、母親程の歳上の女性に贈るもの、と言ったら何がいいかと首を捻ってしまった。

イザークと散々悩んで悩んで…、結果―――…花を贈ることに決めた。


…―――赤い、カーネーションを。


「こんなもので喜んでくれると思うか?」
「贈ることに意味がある、でしょ?」

こんなものなんて言わないで、笑顔の一つでも見せて渡してみたら? 普段甘えたりしない分、思う存分、満面の笑みでさ。

「………、……善処する…」
「はは。今度エザリアさんに感想聞いとこう」

複雑な顔で押し黙ってしまったイザークの横顔を見ながら、キラは少しだけ、思いを馳せた。

寂しいような、切ないような―――。

少しだけ風を感じる気持ちに…、

「母の日…、か」
「どうした?」
「…んーん」


遥か遠い空を見上げて、そっと目を細めた。





「ここ…、かな」

透明硝子の向こうに広がる宇宙の光に向けて、キラは一人佇み、目を閉じる。


―――届かないその場所に、遠く馳せるよう。


人の目では探ることも出来ない宇宙のその先に眠る人がいる。薄情だと分かっていても、その顔すら、上手く思い出せない人なのだけれど。

友人の母を思う気持ちに、ふと、影響された。

彼が選んだ花の色の隣に、ひっそりと揺れていた花。繊細で寂しいその色を知り―――何かに、突かれた気がした。

ここは、【その星】に一番近い場所。

何処に置けばいいのかも分からずに、その色の花を抱えて…せめてそこに近付けるようにと、ここに来た。

ゆるされないその場所は、この地からでもまだ遠い。でも僕が来られるのは、ここまでだ。それ以上の空域は、特別な許可なく立ち入れないから。

だから、せめてこの場所に花を添えようと思った。


この、…―――白いカーネーションを。


「…今日は、母の日なんだそうです」

僕も少し前まで忘れていました。
でも、優しい友人がそれを覚えていて、僕も何かを贈りたいと思いました。
貴女が眠る場所、その傍には行けないけれど、せめて想いだけは届きますようにと願います。

これは、弔いの花ではありません。
貴女に贈ることは、唯一度も出来なかった花。
本当は、赤い花を贈りたかった。
そう出来ればきっと幸せだったことでしょう。

でももう二度と叶わない。


だからせめて―――、


「キラ」

一人きりの場所に、唐突にやって来た声。


「やっぱりここにいたか…」
「…イザーク…?…何でここに…」

今日は家族で休暇じゃなかったの、と言い終わる間もなく近付いて来たイザークは、珍しく少し乱暴な仕草でキラの腕を取り歩き出した。

「え…と…、どうしたのイザーク?」
「やっと許可が下りた」
「…何の」
「母上が協力して急かしてくれたんだ。今日が終わる前にと」
「…?」
「MSを走らせた方が早いんだろうが、流石に私用でそれは出来ないだろう」

訳も分からず、キラはただ前を歩くイザークに付いていく。
手には、置いてき損ねた白い花を抱えたまま。


やがて格納庫に辿り着き、一台の小さな作業艇に乗り込んだ。
再びの問い掛けにキラが口を開きかけた時、

「行くぞ。お前の母親が眠る場所に」

それだけを告げ、作業艇を発進させた。





「…ここはね…、不思議な星だって思うんだ」

寒々しい空気に、言葉は吸い込まれた。

他には誰もいない、暗くて冷たい空間に、二人だけの気配が滲む場所。
響く声も、足音も、今はただ、二つだけ。

そこは、禁忌の惑星
始まりの星。
奇跡を生み出そうとした星。

そして、悲劇と哀しみの中、眠りについた星。


…キラはそっと、白い花を置いた。


この場所で起きたことを、僕は何も知らない。
記憶ではなく、記録でしか知らない。
ここは夢の残骸が浮かぶ場所だと、誰かが言っていた。

「でも、僕にとっては揺り籠だったんだ」

確かに在った風景に想いを馳せ、キラは静かに目を閉じた。

近くに立つ気配は何も返さないまま、ただ傍に立っていてくれた。それが彼なりの優しさだと分かるから、心の中だけで感謝した。


目を開けた時、それでも映るのは変わらないままの壊れた機械達。
戒めも込めて有りのままを保存されたこの場所には、綺麗な風景など何一つない。

今はそこに、生命瑞々しい白い花がある。

白いカーネーションに込められた言葉、それは…―――【亡き母を偲ぶ】。


「全然…覚えていない人…、だけどね…」

自分が生まれて数日後に、世界は変わり。
辿りたくても辿る思い出すら残されることなく、短い愛情に包まれていた残像だけが見えては消えていった。


「…―――【私の愛情は生きている】」

耳に届いた言葉に、顔を上げた。


「え…」
「もう一つの花言葉だ」

イザークの横顔から辿り、…そこにたった今、添えられた花を見た。

真白く咲く、生命に咲く花。

「そのままの意味があるから…、お前は今もこうして、今日を生きてるんだろう」
「―――」

イザークの言葉。
思わず俯いてしまった心に触れたのは、感謝と愛情と、それから…ほんの少しの、


「…うん。……ありがとう、イザーク」


貴女の愛情の結晶は、今もここにあります。





「わざわざここまで、…ありがと」

プラント。律儀というか何というか。連れ出した責任ということで、わざわざイザークは自宅まで送り届けてくれた。

家に、エザリアさん達を置いてきてしまっているのではないだろうか。そう思うと、少し、申し訳なかった。

自宅前。運転席の窓越しに頭を下げる。

「ごめんね。大事な日、潰しちゃって」
「大丈夫だ。むしろ母上が行けと言ったんだ」
「………、…そっか…。…じゃあ、エザリアさんにもありがとうって伝えておいて」

イザークが頷いたの見て、キラは笑って窓から離れた。

…が、ちょっと待て、と引き留められる。

「…?」

イザークは何やらごそごそと車内を漁り…、

「お前にやる」
「え?」

ピンクのカーネーションが、差し出された。
透明なフィルムと小さなカスミソウに包まれた一輪の花。
顔を逸らしたままのイザークからズイと渡されて、ぽす…と手の中に降りてきたそれを思わず受け取ってしまった。

「…どうしたの?…これ…」

小さな花束とイザークを見比べる。

イザークもまた忙しなく視線を彷徨わせていたが、やがていつもの真っ直ぐな眼でこちらを見詰めた。


「お前、もうすぐ誕生日だろう」


反対に、キラは動きを止めてしまった。

え…、と呟き、瞬きを繰り返しては、イザークと花を交互に見てしまう。

「日頃の感謝、…だ」

言いたいことだけを口にして、最後には鼻まで鳴らして、そのまま去っていってしまったのだった。



「……相変わらず、言葉足らずだなぁ…」

手の中のソレを見て、息を付いた。

このカーネーションは、ピンク色。
多分、これにも何か意味があるんだろうな。
ならば、沢山ある意味の中から、相応しい言葉を選び出して、自分のものにしようか。
多くを語らない友人からの、贈り物として。

「…ふふ」

プレゼント、と言わない彼が、やっぱりらしいと思い笑ってしまった。


ふと感じた優しい風に、見上げた空。

蒼穹に残してきた花は、届いたでしょうか。
花に込めた想いは、いつか届くのでしょうか。


いつも、ありがとう。
生んでくれて、ありがとう。

今日という日をくれて…、


『―――ありがとう』



…―――僕に世界をくれた、優しい貴女へ捧ぐ。



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