外への甲板に続く階段を上って行くと、硝子の向こうに人影が見えた。


白い背中に茶色の髪。

休憩の途中なのか、軍服でも作業着でもないラフな白いシャツが、雨宿りをするみたいに灰色の空を見上げて佇んでいた。





外は雨。空には薄墨色の雲。
自分らの乗船する戦艦は視界不良の為に海上で停泊し、天候が回復するのを待っていた。

もう一時間以上このままで、おそらくは明日まで雲が晴れることはないという予想だった。
日暮れも間近で益々暗くなり始めている空に、一晩停泊した方が良いだろうという声も出始めている。


この時期の長雨は季節的に仕方のないこととは言え、何とも気が滅入るもの。
その気分を少し変える為に外へ出ようした途中だった。





彼は、何をするでもなくぼんやりと曇天の雨空を見上げていた。

雨を確かめる為か、ゆっくりと手を伸ばして掌を皿にし、水滴に触れている。


かつ、と足音を乗せて、甲板へと出る。
その音に気付いたのか、彼が振り向いた。

「……議長…」
「何をしてるんだ?」
「ちょっと空が気になって」

仰いだ空の色は変わらず灰色のままだ。

「雨が止んだのか、見に来たんです」
「まだ暫くは降るという話だ」
「進むには、やっぱり視界が悪いですね…」

この後の航行にも少なからず影響するからと、天候を知りに甲板に出たのだと彼は言う。

「部屋にいると、雨がまだ降ってるのか分からなかったので。……波の音が大きくて、雨の音も聞こえなかったし…」
「空の色は、この数時間変わっていないな」

よく見ると、髪や服がしっとりと濡れている。
彼は…キラは、どれだけの時間ここに立っていたのだろうか。
霧雨のような雫に波の風。全身に水滴を含んでしまっている。

「いつからいたんだ?」
「出てきたのはさっきですよ。…雨にあたってたから濡れてますけど」
「わざわざ、雨にか」

風邪を引くだろうと呆れたら、僕の自由です、と目を逸らされた。

「気分転換も兼ねてだったんで、濡れてもまぁいいかって感じだったし」

空が厚曇に覆われていると、気持ちまでもが沈むもの。湿気を含む空気でも、外に出た方がマシだと思ったのは同じだったのだろう。

「…雨の景色って、嫌いじゃないですし」

海に降る雨。
流れることなく大海の一部となり、霧のように世界を白く包み込む。無彩色の世界が広がる。



屋根と呼ぶには小さすぎる覆いの下で二人、静かに空を見上げる。

鈍色の曇天からは、細い糸のような雨が降り続く。

キラは再び掌を外へと差し出した。

「生温い…。この雨は、明日には止むという話でしたけど…」

視界の悪い曇り空は暫く続くだろうが、南の海特有の暖かな雨は、間もなく姿を消しそうだった。

けれど彼は、それに残念そうな溜め息を付く。
首を傾げた。

「雨が好きなのか?」
「………、……嫌いではないです」

そうさっきと同じ台詞を呟いて、出していた掌を引っ込め壁に背を預けた。

活動が制限されてしまうのが難点ですけどね。
そう付け加え、とつとつと降る雨を見詰める。

「雷も嫌いじゃないし、雨の匂いも嫌ではないですが」

視線はただ、灰色の空へ。

「やっぱり晴れてる方が、皆には嬉しいですよね」

利便性としても。気分としても。
けれど彼の表情は、どちらであっても大差無いと、静謐に空を見上げるだけだった。


「明日は…、晴れるでしょうか…」


君はどちらがいいんだ?と口にしようとしたが言葉にはならず、

「そうだ」

そう呟き、何かを思い付いたようにパチリと瞬いたキラが、こちらを覗き込んだ。
じっ…、と鈍い紫の眼が寄せられる。


「賭けましょうか。……明日は晴れるか。それとも雨が降るか」


挑むように、彼はそう提案した。

それは謀を忍ばすような表情にも見えたけれど、子供のような無垢な気紛れにも思えたから、

「いいだろう。君はどちらに賭けるんだ?」

得るものも失うものもない駆け引き。
利益も賞品も何もない言葉遊びのような取引。

「議長が先に選んで下さい。僕は残りの片方でいいです」

けれど、この静かな雨の世界の中では。
そんな、ふわふわとした優しい賭け事も悪くない。

「私は、是非とも晴れてほしいと思うよ。これ以上、視察に支障を出したくないのでね」
「なら、僕は雨が降る方に賭けます」

天候の確率は五分五分。
ずっとこのままの曇り空かもしれない。
雨は降らないが晴れ間も出ないかもしれない。

先の見えない地球の天候を探り、明日を待つ。


気分が沈む曇天の一日の中に、明日への小さな楽しみを残して、その日が過ぎていった。










翌日。

早朝。


甲板。…―――――澄み渡った青空。


碧い海上には、照り返し眩しい光が溢れ、空はただ美しく蒼かった。
波の音と潮の香りが深く広く、風を渡る。

賭けはこちらの勝ちだった。

しかし負けた方の彼は、甲板の柵に片手を寄せて、気持ち良さそうに胸を張り風を浴びていた。

全身に行き渡らせる大きな深呼吸。
満足そうな笑顔。

その表情に、賭け事と表した勝敗のことなど気にもならず、ただ、昨日と同じ疑問が浮かぶ。

「君は、本当はどちらを望んでたんだ?」

彼は少しだけ、朝陽の方角へと歩み寄り、横顔を見せて目を閉じる。やがて、その逆光の中で口元に緩く弧を描いた。

地平線に輝く彼の背中越しの白い太陽。
眩しさに目を細めて髪を押さえたら、波風の隙間から声が届いた。


「…―――雨は、嫌いじゃないですから」


彼はただ……小さく微笑った。

光る波間の中、振り返りながらその髪を海風に揺らして。

彼の肩越しに射し込む朝陽が、白く眩しい。
深呼吸するのに相応しい早朝の風。


「雨上がりの晴れは、とても綺麗ですね」


晴れも雨も自然の成すまま。

だから。


…―――本当は、どちらだって。


「今日は快晴になるそうです。本当に、天気というものは予測が難しいですね」
「そうだな。自然ばかりは、どうにも出来ないことだ」
「はい。………だから、」
「ん?」


………だから僕は、この景色が好きなんです。


雨も雨音も、雨の匂いも嫌いじゃない。



雨日和―――――あめかひよりか。

明日はどちらになるでしょう。
空はどちらに染まるでしょう。


雨でも晴れでも世界はいつも、美しい。


白と黒の間の色を空一面に広げて、透明な恵みをもたらす世界。



その、透き通る程の天―――あめ―――の色。









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