「キラ。桜味とはどんな味だ」
……なんてことを、ある日突然、友人が尋ねてきた。
「これが、桜の木ね」
さくら、自体を目にしたことがあまりないというから、休みの日にイザークを連れて来た。
街路樹の花は今が盛りだ。
「知ってる。だがこれがどうして味になるのかが分からん」
どうやら地球に下りた時、接待を受けて差し出されたのが『桜味』の菓子だったらしい。
けれど甘いものが苦手なイザークは、それを丁重にお断りし、味は知らないままになった。
…しかし、興味を持ったようだ。
「以前、お前がアスランと桜の話をしていたのを思い出したんだ」
「まぁ…オーブじゃ馴染み深い花だけどね」
木の根本に腰を落ち着けて、件の桜味のする代表的な食べ物をいそいそと広げる。
時代は便利になったね。操作一つでお取り寄せ可だ。
「はい。食べてみよう」
「………」
「イザークが知りたいって言ったんでしょ」
「………」
「百聞は一見にしかず。……一味にしかず?」
沈黙し、手の中のものを睨み付けるイザークに笑う。匂いからして、甘いものと脳が判断して躊躇しているらしい。
「桜餅。おいしいよ」
キラも一口食べてみる。…ああ、何か久しぶりな味だ。地球の一部の文化圏ではよく見掛ける、春のお菓子。
「桜味とは、この桜菓子の味ということか?」
「うーん、多分。桜餅の葉っぱの味?」
よく考えれば、自分もよく知らない。
桜の花を食べたこともない。
なのに、この香りを嗅ぎ、この色を見ると、桜だなぁという気がしてくるから不思議だ。
「多分、味っていうより風味なんじゃない?」
納得しかねる、と考え込み始めたイザークに、まぁまぁと難しい顔を宥めたキラは。
「こういう景色の中で食べれば、何でも桜と春の味だよ」
はい、いってみよう。
押しの一言。
……それに負け、イザークも口に入れた。
「どう?おいしいでしょう」
「……………。…甘い。……塩っぽい」
イザークが想像したような抵抗のある甘さはないようだが、食べ慣れない味に首を捻っている。
「これが桜味…」
「はは。別にそれが味の全部じゃないだろうけどねー」
多分、その『桜味』という言葉にこそ意味があるんだろう。…ある意味、人の思い込みかな?
「言葉がさ、春っぽくていいよね」
甘くて、爽やかな香りがして、口に広がる春の味。いつかはそれに慣れて、この味を感じるたび、春だなぁと思うようになるだろう。
イザークと二人だけで昼間出掛けるなんて、それこそ久しぶりだ。
それもこの季節のおかげかな。
「こういうのを花見っていうんだよね」
見て、楽しんで、味わう。
全身で、春を感じる。
「花より団子、というヤツか」
「どっから聞いたのそんな言葉…」
「調べたら出てきた」
文化知識オタク。自分も人のこと言えないが。
「………、…ある意味、イザークも花より団子なんじゃないの」
「なに?」
「感覚よりも身になる方が大事でしょ」
団子、なんて似合わない言葉だからイメージが沸かないけど。
花より知識。
花より技術。
花より……現実。
それも悪くないけどさ?
「たまには、春ってものでなごんで、休憩するのもいいんじゃないかと思う」
僕は、桜って聞くと何だか、ほんわかしてあったかい気持ちになるよ。
それが、言葉の持つ力。
きっと春を色々なもので感じて欲しいから、この季節は沢山の桜風味が溢れ出す。
ほのぼのとした気持ちになるキラの横で、イザークは何かを考え込むようにしばし俯き沈黙し、……やがて顔を上げた。
「春と聞くと俺は何故か、…キラ、お前を思い出すがな」
……………んん?…どういう意味だそれ。
いつもの真面目くさった顔そのままでイザークが呟くから、キラも真意を図りかねる。
「なんか前、誰かにもそれっぽいこと言われたような気が…」
「俺にもよく分からん。勝手に浮かぶイメージだ」
首を傾げるキラには構わず、どうやら多少は気に入った桜餅を食べながら、悪くない、とイザークは呟いている。
「褒められてるのか貶されてるのかよく分かんないんだけど…」
「なんだ」
「イザークが言うなら、何か嬉しいような気もするからいっか」
言葉の力って、ホント偉大だね。
「へへ。イザークとお花見〜♪」
「おい、くっつくな!」
春の味力を堪能した一日でした!