キラが回廊の向こうをふと見ると、ガラス越しに沢山の人が扉から出てくるのが見えた。

あそこは確か、会議室。

薄暗い円卓の間を思い出して、そこから退出していく面子を見ながら、キラは少しの間、考え込んだ。

「………」


それからやがて、その会議室へと足を向けた。










「皆さんもう、出ていきましたよ」

扉側から、キラは中へと声を掛けた。

暗室のような室内にはほとんど人の気配がしない。でも誰かがいるのは分かっているから、そのたった一人の誰かに向かって声を掛ける。


「いつまでそうしているつもりですか、議長」


ぼんやりと霞む室内に入っていくと、その場に同化するような色に包まれたその人が、奥の議長席に座っているのが分かった。
組んだ指先を膝の上に置いたまま、静かに目を閉じて天を仰いでいる。

もう少しだけキラが近付けば、やっと反応を見せた。

「……君か」
「二度ほど、声は掛けましたよ」

背凭れから背を離し、軽く息を付く。
一瞬視線をキラに向けるも、そこから立ち上がる気はないらしい。
肘を宅に付けて、組んだ手に顔を寄せたまま、また何かを考え込み始めた。

「議長?」

キラがこうして、自分からギルバートの前に姿を表すことは稀だ。
それは互いに自覚しているから、いつもなら「こんな場所にまで会いに来てくれたのかな?」と言ったからかいの一言なりがあってもおかしくはないのだが。

無言のまま、その人は動かない。

キラの方が溜め息を付きたくなった。
こんな暗い場所に、あまり長くいたいとは思わない。

「とりあえず、ここから出ませんか?」
「………ああ……」

めんどくさいな。
…でも、自分がそう思う以上の『面倒くさい』ことを、議長であるこの人は今、直面しているのだろう。

キラは、少しだけ付き合うことにした。

「また、もめたんですか」

漸く、ギルバートはキラへと目を向けた。
その、見下ろす静かな紫の瞳に、微かに笑う。……苦いものを感じた、笑い。

「…そうだな。なかなか、思う通りにはいかないものだ」
「あの人達が何でもハイハイ聞くような事態になったら、逆に怖いですけど」

さっき目にした重役達を思い浮かべて、キラは眉を寄せた。あの連中が素直に従う様など見たら、それこそどんな洗脳を謀ったんだと疑う。

「ふ…、そうだな」

反応したのがキラの言葉になのか、表情になのか、は分からないが、ギルバートの纏う雰囲気に穏やかさが混じる。

だが、思案するような沈黙と俯いた顔はそのままだった。


「………、……いい加減、外に出ますよ」


短い前置きだけをして、キラはギルバートを部屋の外へと連れ出した。










「ここからの空は、貴方にも見えますよね」


視線を上げた二人の前に広がったのは、澄んだ青い空と。…その空を覆い尽くす、薄紅色の。


「桜、か…」


風に遊び、しなる枝。
散り始めた花びらが、無彩色の地面すら色付け飾る。

春の訪れを告げる花は、今を盛りと人々にその姿を誇っている。……美しく、ただ大きく。


無心に空を仰ぐその人に、キラはそっと、言葉を寄せた。

「…今は、色々と大変な季節でしょうけど…」

星の最高指導者としてただ一人立つ、この人の描くものなど想像もし得ないが。
訪れる季節は等しく皆、変わらない。

………そう、何事も始まりの時は騒がしく、


「今は、春ですよ」


けれど心も明るく騒ぐ季節でもあるのだから。

この空を、皆、美しいと思うだろう。
いつも俯きがちに歩く人も、この花を美しいと思い、自然と顔を上げて空を仰ぐだろう。

視界いっぱいに広がる景色を愛しむように。
その風景に、暗い心を一時忘れて、ただ。


「貴方が下を向いているのは何だか…、不気味です」

キモチワルイ。
本音を混ぜた言葉に、ギルバートは笑った。

「相変わらずだな。君は」
「何がですか」
「誉め言葉だよ」
「どこが…」
「…いや」

感謝するよ、と微笑む姿。

…無駄に美形なんだよなぁ…とキラがぼんやり考え込んでいたら。

普段は近寄らせもしない自分のパーソナルスペースに、その人が踏み込んできたことに、反応が数瞬遅れてしまった。
髪に指先が触れ、さらりと撫でられ離れていった。

「…!…何するんですか!」

触らないで下さい!
叫ぶも、楽しそうな笑みは崩れない。

「花びらが付いていたよ?」
「まず言ってください!」

汚れる!とキラは嫌そうな顔を隠しもせずに、自分の髪を大きく払った。
ああ、もう、鬱陶しい!…なんて自分でも訳のわからない気持ちで、距離を置く。

「戻りますよ…!」

さっさと帰ろうと歩き出して……、

「…?………、………。……そんなに桜が珍しいんですか?」

動かず、再び桜の花を見上げ始めたその人に気付き、仕方なく戻ってくる。
連れ出したのは自分だから、放置していくと後が色々と面倒なのだ。

けれど、キラの問い掛けにただ、ギルバートは空を見上げるだけだった。

…―――――静かに、穏やかに。

風を薄紅色に染める桜を見詰めている。



…まぁ、いいか。

キラはそれ以上の言葉をつぐんだ。



春を感じる心すら、失いかけていた貴方に。

……一つでも響くものがあるのなら。


季節が変わるたび、その風景を伝えていこう。


それぐらいなら自分でも出来るだろうと…キラもまたその傍らで、春霞に騒ぐ空を見上げた。












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