ぱたぱたと、キラは廊下を駆けていた。
軽い足取りは嬉しい気持ちが溢れてくる証拠。
腕に抱えたそれが、相手に渡る時を想像して、そしてその時に見られるだろう姿を想って、自然と笑顔になる。
開けられた廊下の窓から、春の風が滑り込む。
それに背を押されるように、キラは逸る気持ちを抱え、目的の場所へと駆けていった。
「いた、レイ!」
誰もいない器楽練習部屋で一人、何かの資料に目を通している後輩を見付け、キラは笑顔になった。
「…?…何か用ですか」
「うん。レイに渡したいものがあって」
呼吸を調え、不思議そうな顔をしているレイに近寄る。
「この頃さ、レイ、よくピアノを聞かせてくれるじゃない?」
「…まぁ」
「だから、何かお返ししたいなと思ってて」
思わぬ言葉に、レイは瞬く。
「でも、僕にはレイみたいに、音とかを表現する技術はないからさ」
す、と大事に抱えていた小箱を、レイに差し出した。
「これ、あげる」
美しい硝子細工で装飾された、銀色の箱。
カタン、と蓋を開ければ、金を弾く軽やかな音が流れ出した。
…―――――オルゴール。
「この音楽は、ラクス達と一緒に考えたんだ」
春の歌がいいな、とキラは伝えた。
ならば綺麗な歌があります、と彼女は笑った。
子供達もそれを気に入り、一緒に歌った。
それを近くに聞きながら、音にした。
だからこの曲は、皆の音。
家族を慈しむ気持ちを謳った、君に贈る音。
そっとそのオルゴールを受け取ったレイは、鳴り響く小さなメロディを見詰めた。
「…―――――綺麗な音、ですね」
…うん。その顔が見たかったんだ。
滅多に目にすることの出来ない、優しい優しい後輩のとても綺麗な表情に、キラも穏やかに微笑んだ。
んー…と伸びをするよう、窓から見える景色を眺めれば、遠くから人々の声が聞こえてくる。
今はもう、外の風が心地好い。
「春ってさ、何だか賑やかだよね」
「…?」
「こう、皆で楽しく賑やかに過ごす季節、みたいな」
「そうしたいのは、貴方なんじゃないですか」
「…ま、否定はしないけど」
大切な人とだけ過ごす穏やかな時間も良いが、騒がしく皆で春の時間を楽しむのも悪くない。
「と、いうわけで、今度家に来ない?」
「それが本題ですか…」
「話したら、皆レイのピアノ聞きたいって騒いじゃって」
駄目かな…。
お客さまには興味津々で集まってくる子供たちの姿に、レイの困り顔が簡単に想像出来る。
苦笑いするキラの横に並んで立ち、レイは窓辺に置いたままのオルゴールを静かに閉じた。
「これのお礼ぐらいなら、付き合いますよ」
「………ホントに?」
「はい」
「ありがとう!じゃあ、約束ね!」
いつならいい?次の休みはいつ?
矢継ぎ早なキラの問い掛けに、呆れつつもレイは微かに笑った。
「………あ、その顔も久しぶりに見た」
「…?」
「レイの笑うとこ」
「!」
ああ、何だか役得だ。
今日は沢山、いいものが見られた。
「春はやっぱり笑顔になるもんだよね」
「………よく意味が分かりません」
「笑って騒いでる方が楽しいってこと!」
光る音は楽しげな声になり、笑い声は春の音と色になる。
―――きんいろの、やさしいやさしいおとに。