パソコンからメッセージ受信を知らせる音が鳴り、キラは手にしていたマグカップを机に置いた。

チカチカと点滅する画面を覗き込む。


『今日はありがとうございました!』


ただの文字の羅列なのに、その向こうで元気に尻尾を振っているような姿が想像出来て笑う。

『シンも無理をしないで、今日はゆっくり休んでね』

打ち込み、送信する。

昼間の元気振りを思い出すからに、今日の成果に喜び跳ねているんだろう。
興奮し過ぎて逆に疲れなきゃいいけど。

…数分と待たない返信音。

『俺は大丈夫です。今日のキラさんの言ったこと全部当たりでした!すごいです!』

それに笑い、キラもカタリと文字を打ち込む。

『お役にたてたのなら良かった』

再びメッセージを送信すれば、…次もまた早々に返事が帰ってくる。

キラは頬杖を付きながら、思わず忍び笑いをしてしまった。

さっきから、ずっとこの調子だ。
数分と待たずに言葉は返って来て、まるで声なき会話を交わしている。

もう随分と遅い時間なのだけど。
開け放したままの窓の向こうは、もうとうに夜の中。とっぷりと暮れた深夜、騒ぐものは風の音と、微かに漂う花の香りだけ。

『ホントに疲れてないの?』
『全然。なんか目がさめちゃってます』

まぁ、明日は休暇日だから。いつまででも付き合うけれど。シンの方は大丈夫なのかな。
その頑張りに違わない必死さで、今日は肉体的にも精神的にも動き尽くした筈だから。

きっと疲れているのに。
…けれどその成果を誰かに言いたくて、こんなにもはしゃいでいるんだろう。軽い興奮状態。

『明日は休みなんで平気です。キラさんは?』
『僕も休み。お昼からラクス達とでかける予定だよ』
『どこに行くんですか?』
『知り合いの家。庭がとてもきれいなお屋敷なんだ』
『庭がきれい』
『沢山の種類の花を植えてる家だよ』
『それはすごいですね』
『もう春だからね』

それから少し、間があり。


『もう、春なんですね』


その言葉の素直さに、キラはくすりと笑った。

『気付いてなかった?もうすっかり花も咲いてるよ』

緩やかな風を吸い込むと、何処か甘く芳しい香りがする。
窓の向こうから、見えないけれど目を細めたくなるような何かが漂ってくるのが分かるから。

だから、シンにも、少し。

『できるなら、今窓を開けてみなよ』

それからまた、間が空いて。


『開けました』


…うん。


『花の匂いがしない?』


春なんだ、と呟く彼に、ささやかなお裾分け。

今自分の周りにある豊かな甘い香りが、見えない相手にも感じられますようにと願いを込めて。

この春の香りは、君に届くかな。
言葉と共に、運ばれればいいのに。

やがて送り返された言葉。


『いい匂いがします』


飾り気も何もない、感じたままの素直な言葉に、キラは優しい気持ちになる。

離れた場所にいても、同じものを共有出来たことへの小さな喜び。愛しさ。

『それが花の香りなんだろうね』
『この匂い、けっこー好きです』
『それじゃあ明日、いくつか飾れる花をもらって来るよ』
『おれの部屋に花とか笑いませんか』
『なんで?』
『にあわないきがする』

そうかな?…確かに、薔薇や百合の花束を抱えるシンは、あまり想像出来ないけど。

『じゃあシンにも合う花、ラクスに選んでもらうよ』

喜んで見繕ってくれそうだ。
それとも、やっぱり、シンには野原に咲く花の間を走り回っている方が、似合うかな。

シンの好きな花は何だろう、聞いてみようか、と思っていたら、……思っていたのだけど。

「あれ?」


返事が、来ない。


5分。10分。15分。

………30分程経った頃。


『シン?どうしたの?』


一度だけ問い掛けを送り、それでも反応のないことに、ふと首を傾げ。


……やがて、くす、と微笑んだ。


「寝ちゃったかな…」


この暖かい空気の中が心地好くて。

気持ちいいもんね。風も。春の匂いも。



キラは最後のメッセージを打ち込み、静かに送信する。


飲み掛けのカップを手に立ち上がり、窓へと歩み寄る。

……そして、夜に眠る静かな空を見詰めた。










春の優しい風が、ふわりと夜を繋ぐ。










明かりの付いた部屋の中、机に突っ伏したままのシンの瞳は、静かに閉じられていた。

今まで眠気と必死に戦っていたのだと示すように、その名残の片手はキーボードに置かれたまま。穏やかな寝息だけが聞こえている。

手元の画面には、送り切れなかったメッセージが一つ。



『もしキラさんがいいなら、今度は二人だけであそびに』



春の香りが窓をすり抜け、眠る少年を包んだ。

そして、その薫りと共に届けられたもの。


カチリと点滅する受信の光。
届いた深夜のメッセージ。

それを見ることなく、夜の眠りに吸い込まれた彼は…―――…けれど、とてもとても、幸せそうに微笑んだ。




傍らに寄り添うよう、その画面には、





『お疲れさま。おやすみシン。今度は僕達二人だけで―――…』



この言葉ごと、想いごと。



風と香りに乗せて、どうか。





どうか君に…―――貴方に、届きますように。









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