温もりの木の香に包まれてキラは目を閉じる。
弦を弾いて震える音色。
ピィー…と甲高く空に消えていく笛の音。
聞き慣れない異国の楽の音の終わりに、しゃら…と衣が擦れる音が聞こえて目を開けた。
キラは今、ディアッカの趣味である日舞というものに付き合い、地球に下りていた。
独特な稽古部屋と、見慣れない楽器。
纏う和装の服。
興味が尽きず、キラはドキドキしながら、慣れない板間という場所でディアッカの姿を見守った。
邪魔にはならぬよう、少し離れた場所から、開けられた襖の向こうを見詰める。
ひらりと桜の花びらが横切って、板間にはらりと下りてきた。
その対色がとても似合っていて、キラはまるで別世界にいるような気分になる。
「ディアッカの趣味事態が珍しいけどね…」
見た目からは想像のつかないことだ。
でも、何故かあの派手派手しいまでの金髪にはあの衣裳が不思議と合ってる気がした。
…見た目だけは、綺麗なんだよな。和に込められる『静』というものを、少しは一緒に学んでくれればいいのにと思うのは贅沢なのか。
なんて、イザーク張りに心配していたら、音が止んだ。
襖が大きく開け放たれ、さらさらと衣擦れの音を立てながら人が出てくる。
散っていく人達の中に、目立つ金髪があった。
手を上げた姿に、ひらひらと着物の裾も一緒に振られる。
だらしなく肩を着崩してる様が妙に似合っている気がするのは、ディアッカの性格を知っているからだろうか…。
「お疲れさま」
「お前も中に入ってりゃ良かったのに」
「なんか…おそれ多い…」
「なんだソレ」
笑って伸びをした拍子にディアッカからふわりと香る、不思議な匂い。不思議な、絹の感触。
コレ、触ってもいい?と見上げれば、どーぞ?と楽しそうに返される。
しげしげと着物の裾を掴んで眺めているキラに、ディアッカは笑った。
「そんなに気に入った?」
「うん。凄いねコレ。どうやって作ってるんだろ」
凄い凄いを繰り返し、食い入るように見詰めている。
「これって花と川の模様?…何でこんな細かい形、出来るんだろろう…」
「まぁ、衣装からして伝統芸だしな。…と、悪い、キラ。何かちょっと呼ばれてるかも」
「あ、ごめんね」
「コレ、置いてくから。心置きなく見てていいぜ」
する、と肩から袿の着物を下ろし、ディアッカは板間の奥へと消えていった。
「凄いなぁ…」
飽きることなく、キラはそれを眺める。
指で辿り、感触も楽しむ。
細工模様も綺麗だが、下地の色も、正しくは一色ではなくて、さまざまな色を織り込みきらきらと輝いている。
ひんやりした感触も心地好い。
ふわりと香るのは、焚かれていたお香というものの残り香だろうか。
なんだかそれが、とても安心感を誘った。
暖かい、風。
何処かからまた、楽の音が聞こえてくる。
ふあ…と、あくびを溢してしまった。
「ディアッカ…まだかかるかな…」
着物を手にしたまま、板間に横になる。
ひやりと冷たい板の感触。
さら…と手触りの良い布地に包まれる。
キラは静かに、目を閉じた。
「…キラ?………、……寝てんのね」
しゃがんで覗き込んだ顔は、随分満足そうだ。
着物の裾をぎゅっと握り締めたまま、肌触りに頬を寄せたまま幸せそうに笑っている。
「…ま、いいか」
ディアッカもまた腰を下ろして、瓦屋根に囲まれた庭園を目にする。
去り始めた春の庭。
隣には、彩模様の春の色。
「…暇だな…。……早く起きろよ〜…」
小さく小さく笑って…それでもディアッカは邪魔をすることもなく、傍らの友人を見守った。
地に落ちた桜花は錦に織り込まれ、今、時を止める。触れても散ることのないその花は、沢山の春をその身に纏う。
鮮やかな色彩の洪水に包まれて、少年は眠る。
触れれば優しい、温かな春の色に抱かれて。