20//鳥のように





「んー…」

気分転換に出てみた施設の屋上。
風が気持ち良くて、大きく伸びをした。


「………ん?」


ふと。
何かが視界に入った。

………白い、何か。


「あの人…」


何してんだろ、と。
一歩近づいてみて、眉を寄せる。

その人は、カシャカシャと鳴る鉄柵に少しだけ乗り上げて、大きく空中に手を伸ばしていた。
……空に向かって。大きく大きく。


声を掛ければ良かったのだろうが、興味があったので少し見守ってみた。
向こう側の空は蒼く、雲は白く、あの人の姿も白そのものだった。


シンの視線の先で、何かを取ろうと何度か手を伸ばし、引っ込めて……また伸ばす。
その繰り返し。

やがて、諦めたように鉄柵から降りた。
そして、何かを考えるように俯いて、口元に手を当てた。


何かを考え込んでいるのだろうか。
暫くそのままの体制で動かなかった。



何だろう……。

じっと目を凝らして見ていると……。


その人は思案の後、あっさりと鉄柵の一番高い場所に足を掛け、乗り上げた。


その向こうは何もない。…何も。

あるとすれば、空。
ただの………『空』



……ああ、何だか飛んでしまいそうだな。

シンは目を細めた。



風に紛れて。
風に導かれて。

向こう側に。


飛んで。



飛んで……。





…………………飛ぶ………!?



「うわあー!?何やってんだあんたー!?」


絶叫して、シンはその人へと突進した。



柵から今にも飛び降りそうな細い体にがっしと腕を回し、体重を掛けてこちら側へと引き摺り倒した。


コンクリートに倒れた衝撃に一瞬胸が詰まったが、腕の中に確かにある温もりを感じて安堵する。

良かった。無事だ。

ぜはーぜはーと呼吸を整える。
汗は冷や汗だった。



すると降りてきた抑揚の無い声。


「シン?…何。どうしたの」


大の字で息を整えるシンを上から見下ろして、無表情に近い顔で瞬いていた。

『何』…だって…?
全くワケの分かっていない純粋な驚きの声に、ただでさえ沸点の低いシンの中で何かが切れた。
むくっと下から這い出て睨み上げる。


「何じゃないだろう!!こっちこそ『何』だ!!」
「え…、なに。もしかして飛び降りるかと思った?」
「当たり前だ!ふざけんな!!」

冷静な声が益々憎い。
イライラする。



「馬鹿だなぁ…」



のんびりと笑われて、カッと顔が赤くなる。
いろんな意味で。
もう一度怒鳴り付けようと思い切り息を吸い、………いつもの有無を言わせぬ笑顔を目の前にして、一瞬の呼吸困難。


「僕には、自殺願望なんかないよ」
「……紛らわしい」


舌打ちしてしまった。
…ホントに、紛らわしい。

だってこの人は。
一瞬であらゆるものに変化する人だから。
戦闘機のようにも。指導者のようにも。
老成者のようにも。
そして儚いものにも成り得る人だから。



「じゃあ、何であんなトコ越えようとしてたんですか」
「ああ…」

するりと立ち上がり、再び鉄柵に近付いていって来い来いとシンを手招いた。
何だよもう…と文句を呟きつつ素直に従う。

かしゃんと鳴った鉄柵に軽く足を掛け、その人は片方の手で向こう側の建物を指差した。


「ちょっと見えにくいかな…。あの上に何かいるみたいなんだ」
「…?」
「ここからじゃ分かりにくいから、だから柵の上に上ろうと思ったんだ」


言い終わると同時に、よいしょと一言こぼして思い切り地面を蹴り上げた。
勢いが付いた身体は、そのまま柵の上に乗り上げ、がしゃんと鉄が悲鳴を上げる。

あっという間に、シンの視線から大きく距離が引き離された。


…風が、孕んだ。



「…―――――…」





「あ」



息を止めて見上げていた頭に、一粒の呟き。

なに、と思う間もなく、再びその人は音を鳴らして鉄柵から飛び降りた。こちら側に。

そしてそのままさくさくと歩き出してしまう。
シンの後ろ、屋上への入り口へと。



我に返った。



「ちょ…、何なんだよ…!?」



小走りで後を追い、横に並び問い掛ける。


「…何かあったんですか」
「鳥がね」
「え」
「怪我して倒れてたみたいだった。羽を広げたまま動かなかったから、何処かでぶつけたのかもしれない」

心なしか……、いや、確かに歩幅と速度が上がっている。


「でも、なんで。地面じゃなくてあんな所に?」
「この辺は高い建物が多いから。……本当に、邪魔なくらい」



屋上を出て、駆け降りていく非常階段。
カンカン…と音を響かせる中、ぽつりとその人は呟いた。


「鳥が自由に飛び回ることも出来やしない」





飛ぶ、という言葉は不思議だ。

上に向かうことも、飛翔することも、そして真っ逆さまに落ちることも。
皆一緒の表現で、しかし結果は違うもの。

空への自由の象徴、一歩違えば逃避の真っ只中、不幸を背負えばどん底へと尽き堕ちる。



鳥のように飛べはしなくても、鳥を救うために手を伸ばすことは、地面を這いつくばるしか出来ない人間にも、叶うのかもしれない。






シンは、自分の掌を見下ろした。


「………」


そして、ここで見たあの時の、あの柵の上での光景を、自分はきっと忘れることはないのだろうと思った。


恐怖に駆られて、勢いのまま身体を引き倒してしまった事実は、変わらないのだから。










TITLE46






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