キラに、中隊長昇任の辞令が下った。
旗艦艦長と同等の、一個隊を率いる権限と責任を担う職位。
軍の中核であり、その役目は多岐に渡る。
時に守護の要の盾となり、ある時は作戦遂行の先陣を切る剣となる。その中心。
そしてそれは、白服を身に纏うことを意味していた。
終業後、キラはシャツ姿に着替えて一人、片膝を抱えて花壇横に座り込んでいた。
視線は空を見上げているけれど、見詰めているものは何処か遠い。
眼差しは風だけを感じて揺れたまま、もう長いことここでぼんやりしている。
「ここにいたのか」
足音と、親しみ慣れた気配。
「…アスラン…」
「帰るぞ」
そう言いながらも、自分の隣、煉瓦の囲いへと親友は腰を下ろした。
変わっていく空の景色を、少しの間二人で追いながら見送っていく。
物言わぬ静けさが通り過ぎるまま。
「―――今日、正式な辞令が下りたよ」
キラは視線を大地に寄せた。
「ああ。聞いた」
「…イザークと同じ…、か…」
「………、……抵抗があるのか?」
キラは微かに笑った。自分でも未だに整理の付かない複雑な気持ちだった。
「ちょっとだけ…ね」
「…そうか」
抱えていた膝を下ろし、俯いたまま手に視線を落とした。…その手の中には、今は何もない。
「まだ迷ってることがあるのか?」
「…正直…さ、…迷ってるっていうよりも…」
「ああ」
「………寂しいかなって…気持ちで…」
手のひらを緩く握り締め、開いた。
当たり前にあったものが手の中から無くなり、明日からは新しい何かがきっと、代わりにこの手のひらに降りてくる。
その境目にあって、今は少しだけ切ない気持ちになってしまった。
「アスランは、どう思う?…このまま、素直に受けてもいいのかな」
「俺が決めることじゃないからな…好きにすればいいさ。俺はどちらでも構わない」
「突き放すなぁ…」
どうでもいいってこと?
苦笑いをしながら隣を見た。
「あのな…、どちらでもいいってのは、どうでもいいって意味じゃない。お前にならやれると思うから任されたんだと思っただけだ」
「………」
「キラ・ヤマトの白の軍服姿に、周りが期待したくなる気持ちも分かるしな」
「君も、僕には白の隊長服の方がいいって?」
「いや…?…いいっていうのなら…、お前は汚れたツナギの整備服の方が似合う」
オイルが付いてたり、焼け焦げて破けたヤツなんかは、特にな。見慣れてるし、安心する。
キラはぱちくりと瞬いた。
アスランの横顔は楽しそうに笑っている。
「愛用の整備道具とパソコン片手に笑ってるお前の方が、ずっといい」
眩しそうに目を細めながら、アスランは優しい微笑みをくれた。
「…うん。僕も」
アスランの赤い服も好きだけど…さ。
「寝るのも食べるのもお風呂に入るのも、髪を整えるのも服を選ぶのも忘れて工具をいじってるアスランの方が、ずっといい」
「…馬鹿にしてるか?」
「そんなわけないじゃない」
僕だけが知ってるアスランが、一番かっこいいって思うだけだし。ね?
そこまで言い切って、キラはなんだかすっきりした気分になった。
「うん、決めた。それで進む道もあるよね」
「………、…ああ」
「なに?…なんでそっち見ながら喋るの」
「………」
「僕の決意はどうでもいい?」
「…だから、好きにしろって言っただろ」
アスランの態度に何だか楽しくなってきて、キラもまた小さく笑ってしまった。
「うん。だから、好きにする」
迷いは、消えた。
…いや、最初から、迷ってはいなかったんだ。
無くなってしまうものは確かにあって、それは変化には付きもので…、仕方のないこと。ただそれを、ほんの少し惜しんでしまっただけ。
「僕は、新しい白を着るよ」
中立を示した白から、今度は春色を護るための白へとその身を変える。
自由の色から、平和の色へ。
千変万化の始まりの色を宿して、前を向く。
アスラン、と呼び掛ける。
「これからも、一緒に歩いて行ってくれる?」
そうして答えは、即答される。
「当たり前だ。…やっと一緒になった道なんだからな」
隣から返った親友の頷きと共に、キラはゆっくりと立ち上がった。
「明日になったら―――」
見上げた先に、風が吹いた。
今日が終わる。
一つの役目が終わる。
そして明日がやって来て、新しい一歩を少年達は踏み出し始める。
その季節の訪れを―――新しい色と共に、迎える為に。