キラは空を見上げる。

白く霞んでいた寒空は消え、美しく遠い雲が青く棚引く空を染める。
芝の大地も鼓動を始めたように温もりを溜め始め、薫風が草の香りを立ち上らせた。


…―――春が、目覚める。





「キラ」

穏やかな声に首だけ向ければ、暖かさで随分と軽装になった親友が立っていた。
キラの肩に寄り添っていたトリィが鳴き声を鳴らす。

「仕事、終わった?」
「ああ。だからお前の呼び出しに出てきたんだ」
「だって、こんな気持ちのいい空なのにさ…勿体無いって思って」

投げ出した両足も、広げて草に置かれた両手も。そして深呼吸をするように細められた眼も。キラの全身がこの景色に喜んでいる。

「イザークとディアッカも、もうすぐ来る」
「ほんとに?」
「多分な。嫌だと言っても、ディアッカが引っ張ってくるだろ」

想像出来る図にキラは笑い声を響かせた。
アスランも隣に腰を下ろし、共に空を見る。
二人の時間を譲るとばかりに、肩に乗っていた鳥が翼を広げて飛び立った。


ここはのどかな緑の場。

キラ達の他にも、広い芝生の憩いの場には沢山の人がいた。皆、思い思いに休んで羽根を伸ばしている。人の声が、あちらこちらから聞こえてくる。

「気付かない間に随分と空も高くなったな」
「そうだね。風があったかい」

その証に、生き物達が芽吹き始めている。
ここにすら、その息吹が訪れている。
鳥の声も、緑の薫りも、穏やかな風も。
温かい光の代わりに、春を招き大地に遊ぶ。
懐かしい、いつかの思い出が蘇る。

「あー…ホント、こういう風景ってさ…」

どうした?とアスランが振り返り掛けたら、


「おーい、連れてきたぞ〜」


眩しい金髪を揺らして大きく手を降ったディアッカが、近寄って来た。
その腕には、予想通りの憮然とした顔のイザークを引っ付かんだまま。

「ごくろうさま」
「いい加減離せっ」
「だってオマエ逃げるじゃんよ」
「当たり前だ!まだ仕事が…!」
「お堅いねぇ隊長さんは」
「貴様…普段の自分の行いを分かって」
「ごめん、イザーク。迷惑だった?」

しょんぼりとしたキラの声に、さしものイザークも言葉を詰まらせる。
その横でにやにやしている金髪の男が気に食わないことこのうえないが。

「…そうじゃない…。……分かった…」
「ありがと」

やっぱキラには弱いよなーとからかうディアッカに鋭い一睨みを送ってから、

「…で、何をするんだ」
「うん。あのさ、」

言葉を言い掛けながらキラは笑みを深め、場所を広げるように身体を引いた。


「はい、皆で昼寝するよー」


目が点になったのはイザーク。
お、いいね、と笑ったのはディアッカ。
溜め息を付いたのはアスラン。
三者三様の態度で、キラの満面の笑顔を見返した。

「こんなに気持ちのいい晴れは久しぶりなんだから。外を楽しまなきゃ損だよね」

理由になっているのかいないのか。
三人を巻き込み、キラは清々しく笑った。


ディアッカはキラに倣い芝へと素直に寝転がり、アスランはシャツを捲った腕で身体を支えたまま片足を伸ばした。
イザークだけが最後まで眉を寄せていたが、そこはもう、キラの笑顔に敵う筈もなく、結局は背を向けるように腰を下ろした。
身体を寄せ合い、それぞれの格好で、のどかな初春の風景の中を寛ぎ出した。

変わらず四人が見上げたのは、遥か遠く遠くの青空だった。

鳥の声も、緑の薫りも、穏やかな風も。
温かい光の代わりに、ただ四人を包んでいた。





執務室から窓の外をふと見ると、何とも目に引く景色が広がっていた。
その中心の四つの色に、ギルバートの眼差しは穏やかなものになる。

「相変わらず仲の良い四人だ」

それにピンと反応したのは、偶然議長室に訪れていたシンだ。
不敬も忘れ、一緒に来ていたレイの見咎める視線にも気付かず、窓へと駆け寄った。

「あ、キラさんですね!…と、その他三人」
「シン、お前…」
「レイも見てみろって」

ちらと伺った上司の表情は笑っていたから、一息溢したレイも窓際へと近付く。

ぱたりとキラに寄り添うように緑の芝へと腰を落ち着けた三人を見て、シンとレイはそれぞれの反応をして窓を覗き込む。
一人は暢気なものだと呆れつつ、一人は「あ!ズルい!」と叫びながら。

「すみません、議長!これで失礼します!」

一目散にシンは駆け出していった。
その場所に、一刻も早く混ざるために。

苦い顔をしてそれを見送ったレイに、ギルバートは楽しそうに笑う。

「君も行っておいで」

シンの態度を諌めていても、視線は知らず窓の向こうに向かうレイへと。
ただ一言、それだけを。

「ですが…」
「構わないよ」

少しの戸惑いのあと、…やがて綺麗に一礼し、レイもまた執務室から出ていった。


ギルバートは窓の向こうへと視線を向ける。

随分と賑やかな声がする。
それもまた、穏やかな平和の証。
その輪の中心を想って微笑む。

春の訪れを告げるのは、何も温かい風や花達だけでは無いから。


今はただ、ひとときの光の中で。







声が、する。

沢山の温かい声。


目を開けたキラの瞳には、高い空と太陽。

すぐ隣では、何故かからかうディアッカとからかわれるシンの賑やかな声。
その二人にうるさいと怒鳴るイザークに、降りてきたトリィをくすぐっているアスラン。
口喧嘩に勝てず、助けを求めて来る友人を無視して息を付いているレイもいる。

混じりあった騒がしい風景に、キラは笑う。

「今日もいい天気だね」

翳した指先から見上げた陽射しは、冷たくも暑くもなく、燦々と大地の生命を芽吹かせる。

「皆も賑やかだ」

そうして輪の中心で、少年は微笑む。
そっと、見守るよう愛しげに。
仲間達の傍らで、ただ静かにこっそりと。


ふと顔を上げた先に花の蕾を見付け、温かくなり始めた風に緩やかな春の訪れを人それぞれが自覚するように。
春色の笑顔で微笑む人は、気付けばいつも自分の傍にいる人でした。と、…そう。

それを知る者知らぬ者、変わらず全ての者に等しく訪れるのは―――。


「もうすぐ春だなぁ…」



…―――愛しい季節が、もうすぐやって来る。



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