「あの星は何?」

まだ少し寒い明け方頃、キラとイザークは星のよく見える丘に来ていた。

ここは地球。
自分達にとって見慣れた星々は今、空にある。
なだらかな丘陵地に二人並んで座り、色の薄くなり始めた夜空を見上げていた。





地球での任務の合間、ぽつと空いた休暇に、イザークはキラを誘った。

星座を教える、という他愛ない約束をしてから、少し時間が経ってしまった。
季節は少し過ぎ、もうすぐ春になる。
星を見るなら冬がいい、と伝えていただけに、申し訳ない気持ちが少なからずあったのだが。

約束を覚えていてくれただけで嬉しい、とはにかんだ姿が忘れられない。


「季節の星を沢山見たいなら、季節の変わり目が一番いい」
「へぇ、そうなんだ」

キラの知識欲は自分と同じくらいある。
丘に腰を下ろし、手を付いたまま嬉しそうにイザークの話に耳を傾けている。

今はもう、夜も終わる時刻。
星の光も弱く、徐々に見えなくなっていた。
星座を語るには不向きな時間、けれど敢えてこの時刻を選んだのは、キラが興味を持った一つの星があったからだ。


数日前。

『そういえば、明け方くらいに丸い星が見えたことあったんだけど何だったのかな』

白くて月かと思ったんだけど。

そう問われて、その『星』なら今の季節でも見られると、敢えて夜ではなく、こうして朝早い時間に二人、見晴らしの良い丘にやって来た。

『それは金星だな』

明け方近くに、地平線に見られる白い星。
地球に似ている姉妹星。
宵にも見られるその星は、だが、自分達が揃って見るには難しい。
だから、夜明けにその星を見ようと伝えて今ここにいる。



風がさらりと出始めた。
雲間が動き出す。
地平線が見え始める。

「…雲が晴れたな」

ふとしたイザークの呟きに、キラも顔を上げた。

「あそこに見えるのが金星だ」

指差した空を見詰めるキラの顔が、綻んでいった。

くり貫かれたような美しい陰影の建物頭上に、ぼんやりと霞む白い星。
まるでそれは、真昼の月のようだった。
太陽よりも優しい光で、朝を連れてくる。

「金星は天体の中で一番明るい星と言われてる」
「へぇ、それは凄いね」
「周りに色々な惑星もある筈なんだが、光が弱過ぎて見えないだろうな」
「特別なレンズでもないと駄目ってことね」

ぽつぽつと星の話をしていたら……急に腕にふわりと重みを感じた。
見れば瞼が落ちてしまったキラの姿。

「キラ」
「…ん…」
「起きろ」
「…あ…?…あれ…?」
「お前が聞くから、説明しているんだぞ」
「ん。ごめん」

寝不足気味なのはお互い様だから、何も言わないが。目を擦るキラに溜め息を付く。
ごめん、ともう一度キラは謝り、

「なんかあったかいなぁって思って。思わず」
「もうすぐ陽が昇るからな。温度も上がって来てる」
「それだけじゃないんだけど…ね」
「…?」

苦笑いのような、困ったような。
くす、と笑って…キラは「あ、そうだ」と呟いた。

「イザーク、ちょっと片方の膝伸ばしてよ」
「…?…どうして」

イイこと思い付いたと無邪気に笑い、お願い、と片目を瞑る。少し考えて…奇妙に思いながらも、こうか? と言われた通りにしてやった。

「うん、そう。…よいしょ、と」
「!…おい!何してる!」
「だって地面は固いし。これぐらいいいでしょ? 周りに誰もいないんだしさ」

ぽて、と片膝に頭を載せて、キラはにこ、と笑う。居心地がいいのかご機嫌だ。

「イザークの膝、あったかい」
「……お前の方が体温は高いだろう」
「そうかな?…あ、もしかしてイザーク照れてる?」
「!」

うるさいぞ!と怒鳴ってやりたかったが、この時間、そんな大声は場違いな気がして押し黙る。もやもやとした気持ちを抱えながら、忍び笑いを洩らすキラから顔を逸らした。


「何か目を瞑るとさ、見えてないものが色々と感じられるね」

大きく深呼吸して、キラは呟く。


「春の匂いがするよ」


近くに花でも植えているのだろうか。
瑞々しいな草いきれの中に、仄かで爽やかな甘い香りが漂う。

朝、という、一日で最も清らかで澄んだ時間だからこそ、沢山の…目には見えない何かを身体全体で感じるのだろう。

「…そうだな」

再び目を開けたキラに倣い、イザークも色薄く白み始めた空を見詰めた。


星空はとうに彼方へと消えていた。
透き通るような薄水色の空へ溶けるように。

朝焼けに染まり始めた空。
何処かから、春の香りが漂って来る。
懐かしいような、始まりに胸を打つような。


冬空に謳う春の風。

銀色の星と、薄紫色の地平線が混ざる頃。




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