11//桜雪の下で
軍事施設の立ち並ぶ外。
その間を歩いていたら、唐突に何かがパラパラと降ってきた。
「…雨?」
頬に触れたひんやりとした感触。
掌を翳したけれども、水滴は感じない。
「…?」
気のせい?と首をかしげた処でまたぽとりぽとりと。
髪にパラっと感触を感じて、それから落ちていった足元を見たら。
「…はなびら?……さくら…?」
ぽつぽつと、雨粒の代わりに地面に散らかっている。
まるで枯れて散った花びら。
小石や霰みたいに。
しゃがんでひょいと拾ってみれば、やっぱり間違いなく花びらだ。…桜の。
花なんか全然詳しくないから、見ただけじゃ何の種類かすぐに見分けることは、いつもなら出来やしないけど。……この花は、別だ。
教えて貰った。
春の花だと教えてくれた。
そもそも春の色にこの薄桃色をイメージするのは、この花が春の象徴となる花だからだ。
…そう云えば、今、季節は『春』だったか。
「う〜ん?」
しかし、何でこんなものがここに。
…空から?
そう思って見上げたら。
白い建物群に囲まれた、幾何学な蒼の中。
緩やかに揺れている影があった。
「何、…やってんですか?…キラ…さん?」
屋上といえば屋上。
でも普通は近寄らない場所……その人は隅の更に端っこ、空に足を投げ出してちょこんと座っていた。
ここは開放するための屋上じゃないから、落下防止の柵なんてものはない。
ただの四角い箱の隅っこ。
怖くて誰も、そんな場所には座らない。
相変わらずヘンな人…。
戸惑いつつ呆れつつ…小さく声を掛けると。
こちらに気付いて顔を上げた。
少し首を傾け、来い来いと手招きをする。
てくてくと近寄っていくにつれ、風が強くなっていく。
ちょっと踏み出せば地に落ちるここでは、遮るものは何もない。少しの風でも不安定にぐらぐら揺れる。
「怖くないんですか…」
「いや?…何なら隣に座ってみる?」
「いい」
「そ。気持ちいいのに」
「………」
少し顔を上げて屋上からの風景を眺めた。
広がる景色は決して美しいと呼べるような自然ではないけれど。
「………」
細めた瞳の先には、いつもと違った風。
遠くなった大地。近い青空。
視線をすぐ側に戻して、静かにその傍らへと腰を下ろした。
……自分がそうしたいからそうするんだ、と誰にともなく言い訳をして。
キラは少し、驚いて、少し…微笑った。
自分はそれが少しだけ恥ずかしくって…ぷいと横を向いてしまった。
「何してるんですか」
「ん…」
キラは握っていた掌を、そぉっと開いた。
風に数枚の花びらが乗る。
思っていた通りの花の色。花の形。
春色の―――――。
くしゃりと潰された一輪挿し。
その掌から零れて散っていく花びらに、その仕草が重なった。
風に連れ去られていく薄紅の生命の欠片。
遠くへは行けない花びら達。
飛べない花時雨。
「花が咲けばいいと思った」
「………」
「何もないこの場所にも」
「………。……それが理由?」
「そうだね…」
眉間をきゅっと絞って呟く。
「俺、被害者です」
「ん?」
「貴方の気紛れの被害者」
頭に落ちてきました。
「あれ…、届いたの」
ぱちくりとキラは不思議そうに瞬きをした。
それが何となく癪に障るようで幼いようで…眉間に寄せる力が更に強くなってしまった。
呆れてしまった、とも言う。
「あんたのやること、本当に意味不明」
「うん…意味なんかないからね」
「………」
俯いて小さく、キラはただ少し、と続けた。
「…少し、人恋しくなっちゃったのかな」
いや。
「……思い出が…」
恋しく。
懐かしく。
「月と桜と春の空は、僕にとって忘れることの出来ない思い出なんだ」
そうして見上げた先には青い空。
時折かかる煙のような白い雲があるだけの。…月は見えずに。
「桜は幸せの象徴だったから」
遠く掠れていく春霞。
いつか、
「ここにも、花が咲く日が来ればいいね」
花が咲くことを赦される場所に
………どうかなればいいと。
その人は、最後の花時雨を散らした。