‡St.Days‡






カサカサと擦れ合う音。
その度に仄かに香る墨の馨り。

それはまるで、今は昔、語られた記憶が言葉と鳴る音。重さを伝える追憶之証人。





「見付けた。ここにいたんだ、イザーク」

本の頁を捲り掛けたところで名を呼ぶ声。

視線を上げた先、柱の影からひょっこり覗かせていた顔が、目が合って笑顔になった。

「少し、休憩しない?」

イザークは否やを唱えることもなく、パタンと本を閉じた。





「何か調べもの?面白い本は見付かった?」

コポコポとお茶を注ぎながら、キラは背中越しに問い掛ける。
陶器の掠れ合う音が響いていた。

一先ずお茶を、ということで出された香りの良い紅茶を口にしながら、

「天候と自然、それによって変化する文化の違いを調べている」
「ああ、それは面白そうだね。プラントじゃ見えない変化だ」

興味深い資料があったら、僕にもいつか教えて、と準備が出来たお茶菓子を持って振り返り、テーブルの上に置いて自分も座る。

「ああ。……これは?」
「うん、貰い物なんだけどね。トリュフっていうチョコレート菓子。紅茶に合うかなって持ってきた」

チョコ、と聞いて一瞬イザークの表情が曇る。

「大丈夫だと思うよ。甘さが控えてあるし、パウダーも苦味がおいしいから」

一口サイズ、丸くちょこんと固められて皿に乗っている。
茶色のココアでくるまれているものや、対照に白のパウダーでコーティングされているものも。

「文字を追う時には糖分も大切だって聞いたことあるし、休憩には丁度いいんじゃない?甘いものもたまにはさ」

そう言って一個を手に取り口に放るキラに後押しされ、イザークも手に取ってみた。

慣れない馨りだと思ったが、なるほど、キラの言った通り糖分が不足しているのかもしれない。そのまま一口に口にする。

「どう?」
「…ああ、悪くない」
「そう、良かった」
「ブランデーが入ってるか?」
「うん、ちょっとだけね」

気になる?とキラが聞けば、いや、とイザークは首を振った。紅茶のアクセントに合っている。



「今日は天気もいいし…何か、いかにもなアフタヌーンティーだよねぇ」

のんびりとした声に、イザークもまた頷いた。

こんなに静かな時間は久しぶりかもしれない。
久しぶりに、自分の趣味に没頭出来た。
いつもは賑やかな周囲に囲まれ、追われ、個人を優先することなどほとんど出来ない。

紅茶を一口含み、カチャリと置いた音が響くほど、静かな部屋。静かな時間。

しかし一人ではなく、目の前には穏やかな表情で窓の外を眺めている仲間が一人。一人を好む己の空間に立ち入って来ても、不快にならない珍しい人間。それがキラ・ヤマト。

陽の光が厳禁故に奥に設置された、今では高価となった紙による記録媒体の群れ…書庫室。

どんなに機械化の進んだ時代でも、紙に残る遺物だけは失われることはなかった。
文化の進化と便利さに埋もれて消えていったものも多々あれど、こうして紙に描かれたものを愛する者がいる限り、完全な無にはならない。

その姿を読み解くのも、その懐かしい馨りに包まれるのも、嫌いじゃない。

時間に余裕が出来れば訪れて、そのまま篭もりがちになるイザークを、休息の意味も籠めて誘いに来るのもキラの役目だった。
漸く取れた自分の時間に介入されても、苦痛ではない。

むしろ…優しく穏やかな時間を共有出来る分、貴重で大切な時間なのかも…しれないと。


「ん?…何?」
「お前も何か調べものがあったんじゃないのか」
「あー…、調べものって言うかね」
「何か探しているものがあったと聞いたが?」

最近、休日になると出掛けて行くと、アスラン辺りから聞いた。大抵が機械一つで検索を終えるキラには、珍しいことだと。
調べたいこと、興味があることを見付けると一心になる、彼らしいといえばらしい行動でもあるが。

何を探していたのかと、興味が無いと言えば嘘になる。

「うんまぁ…結果から言えば見付かったんだ。………探してた本が一冊あってさ」

そう言ってから、ごそごそと足元を漁る仕草をする。見えなかったが、そこには何かがあるらしい。

「ええとね、このお菓子も、せめてイザークの骨休めになればいいと持って来たものなんだけどね。…で、こっちが本題」
「…?」
「本当のプレゼント」

それからキラは、少しくすんだ蒼色の装丁の、一冊の本をイザークへと差し出した。

「文化の歴史書。…日頃頑張ってくれているジュール隊長へ、感謝を籠めてのプレゼント」

受け取ってくれる?と笑顔でその本を寄せた。

思わぬ時間での、思わぬものに一瞬目を瞠る。
キラの顔から、視線を手元へと向けた。

古さを思わせる表紙に、綺麗に掛けられた光る色のリボンだけが、プレゼントらしく飾られていた。
薄いチップのデータとは違う、『重さ』を感じさせるもの。
世界を広げる、魅力が詰まった一冊。

「どうした?わざわざこんな改まって…」
「昔どこかで読んだ本に、そういう風習があるって知ってさ」
「風習?」
「うん。感謝をしたい人に、本やお菓子を贈って日頃の『ありがとう』を籠める日があるんだって」

端々は痛み、折れて、時代を感じさせる退色した本。だが、薄く脆い一枚でも、そこに残された重みは比べられるものじゃない。

貴重で大切な宝足る、自ら語ることは無い語り部。……己から、知りたいと望み手を伸ばさなければ。


―――だから、イザークもまた手を伸ばした。求めたから。


「………まぁ一応、…感謝しておく」



その逸らされた視線にキラは柔らかく微笑って、「…ありがとう」と呟いた。







お互いの存在に、感謝を。










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