‡St.Days‡






休憩ルームに顔を出したところで、


「シ〜ン!こっちこっち」


顔を上げればルナマリア。

…と、相席しているキラの姿が見えた。
顔を綻ばせて笑っている。
それから、おいでおいでと手招きされた。

断る理由もなく、むしろ嬉しさに顔が緩むのをせめてのプライドで留めて近付いた。


途端、ふわりと香るチョコレートの馨り。


「シンも一緒にお茶どう?…ケーキもあるよ」


手の先にあったのは、白い皿、銀の紙皿の上に乗せられたワンホールケーキ。更に周りもチョコでコーティングされているのか、表面がつやつやと輝いている。
何も混じらないチョコレート色の上、まぶしてある金色の粉が光っていた。

「…これ」
「ザッハトルテ。チョコケーキの中じゃ結構有名かな」
「もしかして…、…キラさんの手作り?」
「半分ね。皆に手伝って貰った」

にこにこと笑ってキラは隣を見る。

「逆に手伝って貰ったのはこっちの方ですよ〜。ヤマト隊長、飲み込み早過ぎ。ホントに今までお菓子作りしたことないんですか?」
「ないよ?でもこういうのって、レシピ通りに正確に作っていけば、失敗しないでしょう」
「そうかもしれないですけどー。普通、もうちょっと戸惑いません?」
「んー…、次にこうして何をしなきゃならないってのは、OSの組み立てに似てる感じ…」

そういう真面目で高等な技術に結び付けるのはヤマト隊長だけですよ…と呟くルナマリアを横目で見ながら、シンはキラから少し離れた所に腰を下ろした。

別にキラとの間に人が沢山いるわけでも無いんだけど。…何となく。

「何で離れて座るのよ、シン」
「うるさい。ほっとけ」

ニヤニヤ顔のルナマリアを一蹴して、視線をテーブルの真ん中に移した。


淹れたての紅茶。
それから、自ずから切り分けて置いてくれた、手作りだというケーキを、ちょっと緊張した風に口に入れたシンは、心地良い甘さに素直な感想を零した。

「…おいしい」
「でしょー?」

自慢げに胸を張るルナマリアの横で、キラはただ笑みを深める。

「これ、キラさんがほとんど作ったんじゃないのか?ルナ、普段全っ然料理なんてしないじゃないか」
「殴られたいの?女の子に対して真正面からそういうこと言うか、ふつー」
「ホントのこと言っただけじゃん」

否定しないところを見ればな。
剣呑な目線を前から受けながらも、シンはぱくぱくとフォークを動かした。

うまい。ホント。
別に甘いものは特別好きでも、特別苦手でもないけど、うん、これは結構好みの味だと思った。甘いのにさっぱりしてて香ばしい。

長い付き合いでシンの味覚を知っているルナマリアだから、幼馴染みの嗜好に合わせてくれたのかもしれない。
そう思うと、さっきのは失言だったかなーと、そろり目線を上げたら、

「やっぱり隠し味にオレンジを入れたのが良かったですよね。さすがっていうか」
「チョコの甘さは濃くて駄目だけど、フルーツの甘さなら平気って人は結構いるからね。一つのチャレンジ?」
「外れの無いチャレンジですよ〜」
「………」

ちょっと呆けてキラとルナマリアを見遣ってしまった。

「何?どしたのよ?」
「いや…、隠し味って」
「ヤマト隊長の発案。他にもちょこっとだけアーモンドが入ってるのよ。あんまりチョコの濃さ、感じないでしょ」

にっこりと笑ってキラを見た。
キラも頷く。

「アクセントに添えた生クリームにも少し、オレンジが入ってるかな。口直しに」
「心配りですよね〜。お菓子大好き!って男の人はあまりいないし」
「アスラン達に試してもらいたいと思っても、苦手だって言って逃げられるからな」
「もったい無い。その時は是非、私達を誘って下さいよ。喜んで食べに行きますから!」
「そう?」
「お菓子作りするヤマト隊長なんて、何だかいつもの様子からは似合わずっていうか、逆に似合い過ぎっていうか」
「複雑だね。そのコトバ」

あははー、と二人笑顔。

和気藹々と菓子の話題を交し合う。
ちょっと専門用語なんか出てきたりして、会話は成立しているようだ。

それがまた嬉しいのか、ルナマリアの機嫌も良好。そんな、彼女の女の子らしい可愛さに微笑ましく笑うキラ。

シンはフォークをくわえたまま、ふーん…と気持ちで二人の会話を見ていた。

聞いていると、この紅茶との組み合わせもキラの抜粋らしい。
食べ物の味に敏感なわけでも拘りを持つわけでもないシンだが、なるほど、確かに外れはない。

二切れ目を更に貰って、まくまくと食べていたら、思わずキラと目が合ってしまった。
優しい笑顔。
あまりに幸せそうな紫に、心臓が脈を打つ。

「シンの様子を見てると、何だか和むなぁ。これで自信が持てそうだよ」

不意の直視にどっきどきと動揺していたシンへと、そんな言葉が降りてくる。
返答出来ずにいたシンに代わって応えたのは、ルナマリア。

「自信ですか?」
「うん。子供達にも作ってあげようかと思ったんだけどね、…ほら、子供って無邪気に正直じゃない?お菓子を食べて、第一声がマズイ!だとさすがにへこむよ」
「それに関しては全く問題ないですって。私のお墨付き!」

ルナに貰っても…と呟きかけて、思わぬ視線の威圧に言葉は嚥下された。

「ありがとう。それなら大丈夫かな」
「…実際、ホントにおいしかったし」
「そっか。…うん。特にシンにそう言って貰えると、僕も凄く嬉しい」
「え」

にっこり笑って、尊敬する先輩は、


「シンを見てると、家にいる子供達を見てるような、ほのぼのとした気持ちになるんだよねぇ」


ざっくりコンプレックスとプライドを貫いてくれました。


「ああ、そうですよね確かに!」

ぽん、と手を打って嬉々と同意するルナマリアは、どう考えてもワザとだ。

だが、性質が悪いのは自覚の無いもう一人。
言葉の刃で射抜いてくれる憧れの…、

「シンに通じるなら子供達にも通じるかなってさ。ね?」

憧れ…の……、

「シンも皆も、可愛い家族みたいなものだよ」
「………」
「頑張りなさい、シン」

ポン、と叩かれた肩。
テーブルの向こうからの幼馴染みの言葉が、今は凄く心に染みるようだった。

キラだけが、何も分からず首を傾げていた。





「あ…と、そろそろ行かないと。…じゃあ、またね。楽しかったよ、ルナマリア」

はーい、と笑顔で手をひらひらさせて、立ち上がったキラを見送る。

「それじゃあね」

もう行っちゃうのか…と名残惜し気に見ていたのが伝わったのだろうか。

「…と、そうだ」

キラはふと、何かに気付いたように抱えていた袋に手を差し入れる。


「シン、これもあげる。味見役をしてくれたお礼」

そう言って差し出した緑色の…―――四葉のクローバーの押し花。
真っ白な台紙に、とても綺麗な緑色が挟まれている。

「皆で拾ってね。栞にしてみたんだ。僕の使い古しで悪いけど」
「―――」
「美味しいっていってくれたから、何かお礼がしたいんだけど…。あげられるものが他になくてごめんね。今度また、」
「…充分です」

キラの言葉を遮って、静かにそれを受け取った。

萎れそうになりながらも鮮やかな青葉。
滅多に見付からない珍しさだけではなく、その四つの葉にこそ、願う意味が籠められている幸せの象徴。

甘い洋菓子と緑の葉。

「だってこれ、四葉だし、幸せのジンクスがあるんでしょ?…俺はそれで充分。…です」

顔を上げて礼を言おうとしたけど、……そのまま思わず逸らしてしまった。
自分で言った台詞にも照れたが、もっと目を合わせていられない位に赤面したのは。


去り際、嬉しそうに笑ってくれた、何よりも大好きだと思う憧れの先輩の笑顔だった。







ああ、やっぱり好きだなー…と。

去っていく先輩の背中を見送りながら。
恥ずかしさも何も無く、心にストンと湧いて来た気持ちにシンは、温かくなる胸を押さえた。


「癒されるわよねーホント」
「ん」
「良かったわね。すぐに効果覿面だったじゃない」
「……うん」



指先の小さな葉っぱ。





……早速、幸せを運んで来てくれたのかな。











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