美しくその姿を反映していた季節は閉ざされ、全てが一色に覆われる寒さがやって来る。
造られた月の四季の、最後の季節………冬。
凍るような空気を持つ季節に、ここにもこうして、雪が降る。
最後に全てを無に返そうとするかのように。
ただ、静かに、穏やかに。
…―――――全てを真っ白に覆い尽くして。
一面の銀世界、とはこんな風景なのだろうか。
銀色に染まったわけではないけれど、眩しいほどにその色は目を射る。
季節の移り変わりを濃く描いていた木々は、既に純白に覆われて、枝の先を僅か、天の光を求めるよう伸ばしているだけ。
地面など、目を凝らして見なければ他の色を見付けることすら困難なほど。
雪の平原に一人、仰向けで横たわり、空を見上げる少年。
来ている服と、陽光を移しこむ菫色の瞳だけが、やけにその景色の中に異色を見せていた。
ふわふわとした綿の花のように、この林の長の枝にも雪が降り積もる。
太陽の光がそれを反射するものだから、とても眩しさを感じて、キラは片手で目を覆った。
…何処か、不意に零れそうになる目の奥の熱さを押さえる為だったのかもしれない。
サク…と雪を踏み締める音が聞こえて、少年に一つの影が落ちた。
「キラ」
「…アスラン…?」
そっと手をずらして見上げた視界には、見慣れた親友の笑顔。
「どうしたの?こんなところで寝転がって。風邪を引くよ?」
「………。……ここしか、なかったから…」
「え?」
「静かにいられる場所は、ここしかなかったから」
そう告げて、キラは視線をアスランから外した。
春、夏、秋、と。どこよりも美しい景色を見せてくれたこの場所。
だけれど冬は、虚しいほどに何もない、まっさらな世界になる。
雪が降り、ここは遊べる場所ではなくなった。むしろ足の踏み場のあやふやな、危険な場所になった。
だから、衛星が雪を降らせるのと同時に…、キラとアスランはここに来ることを止めた。
だが今、キラは言った。
ここしかなかった…と。
「………。…何かあったの?…キラ…」
ゆっくりと、労わるようにアスランは語りかける。
自分も雪原に腰を下ろしてキラを見詰めた。
少しの時間を置いて、親友の言葉は途切れ途切れに紡がれた。
「今日、また見ちゃったんだ…」
「何を?」
「人が…人を傷付ける所…」
「…それは…」
ほんの数年前までは、それ程に酷くはなかった現実が今、こうして表に姿を表し始めた。
ナチュラルとコーディネイター。
人間という同じ種族から生まれて来た筈の新たな人類。他よりも秀でた能力を有する、人類の進化の大きな可能性を抱え持って生まれてきた人々。
二人の少年たちもまた、その可能性を秘めた人間だった。
けれどその確執は、時が経つ毎、こんな風に過ごす一分一秒ですらも、どこかで苦悩を生んでいるのだろう。
平凡で生まれてきた己と彼らの差異が、許せないのだろう純粋な人間達。
そんなに優秀であることが妬ましいのか。
生まれ持って『造られた』才能の差が、そんなにも憎悪を生むのか。
人を傷付けられる程に。
命の差は、どちらにも……例え人間と他の種族であっても、格差など生まれよう筈のないものなのに。
普通であることに、何故幸福を抱けないのか。
造られたことに侮蔑や畏怖を覚えながらも、きっと人々は、自らよりも先を歩き出した『他人』を受け入れることが出来ないのであろう。
…哀しい未来の在り処だった…。
「あとどれぐらい経ったら、僕は大人になれるんだろう。…そうすれば、父さんも母さんも…」
…守れるのに。
きっといつかは、コーディネイターを生み出したナチュラルとして両親も迫害の的になってしまう。僕という存在が、他に恨まれる源となってしまう。
穏やかに、慈しみを惜しみなく注いでくれた父と母に、自分という存在のせいで哀しい顔などはさせたくなかった。
だから。
子供のままじゃいられない。…いたくない。
キラ達が幼い頃には押さえられていた人類の差異は、こうして少しずつ、外へ外へ現れ始めた。
水面下で蠢いていた感情はやがて、僅かな波紋を広げていった。
そして今は、それに大きな石を投じたように、止まることのない波となって現実を飲み込んでいる。
「そっか…」
思い描いた現実の悲劇達は、きっとキラもアスランも一緒なのだろう。
沢山の言葉はいらない。必要ない。
アスランはそれだけを呟いて、キラから視線を逸らした。
見上げた空もまた、白く朧気なものだった。
「でも…、…ごめん。キラには嫌な言葉かもしれないけど…」
キラはその瞳を、隣の親友へと移した。
いつもは優しく凛としたその翡翠色の瞳が、今は何処か寂しげに揺れている。
「僕はずっと、子供のままでいたいと思うよ」
「…どうして…?」
「大人になれば、僕達はきっと…」
「………」
掻き消えた……掻き消された言葉の終わり。
果たして何を言おうとしたのか、…それでもキラには伝わるものがあった。
…だから、何も言わなかった。
けれど一つだけ、確かめたいことがある。
「アスラン。…君の方こそ、何かあったの?」
「………」
今度沈黙を返したのはアスランの方だった。
僅かに息を止める素振りがあった。
親友に気付かれないよう気を張っていたのだろう。それでもキラは、何かに気付いた。
誰よりも長く一緒にいた親友だから。
分かるよ。
アスランなにかを言おうと、俯いたまま口を開いた。
…だが、言いたい言葉は喉で押し留められたように止まり、結局吐息だけが零れた。
代わりに呟かれたのは、切な過ぎるほどの感情が込められた言葉。
「来年もまた、ここで…。………一緒に桜が見られるといいのに…ね」
天から見下ろした平原の中央には少年が二人。
誰がいようとも関係ないと誇示するように、雪は静かに二人の元へと降りてくる。
地球の極寒地で見られる白夜のように、太陽もまた白く、冷たく、全てを照らしていた。
夢を語り、夢を夢見た楽園の四季は、もうすぐ終わる…。