街角のイルミネーション達が一際輝く冬の夜。
人々のざわめきも光を帯びているような。
そんな息吹の洪水の中で、彼らは夜の街を楽しんでいた。
後輩達から少し距離を置いて立ち止まり、キラは白い息を吐いてツリー型のイルミネーションを見上げる。
青い光の点滅が目映いばかり。
星空は冴えた暗闇に紛れて見えなかった。
冷えた空気。
ポケットに入れた手も寒かった。
「キラさん?」
立ち止まったキラへとタタッとシンが駆け戻ってくる。
どうかしたんですか?と側に寄ったシンに、キラは困ったように微笑み首を降った。
「…何でもないよ。ごめんね」
「え…いや…」
戸惑ったように目を逸らす後輩に、益々キラは寂しく笑った。
シンの肩越しに、ちらちらと視線を送ってくる彼の友人達の姿が見える。
彼らはこちらに近付いて来ようとはしない。
キラと交流のある子もいれば、知らない顔もある。…その子達に、心の中だけで小さく謝った。
そうして、シンにももう一度。
「ごめんね。僕はこの辺で失礼するよ」
「え」
急過ぎる発言にシンの目が丸くなる。
「何で!?」
「そろそろいい時間だしね。後はシン達だけで楽しんできて」
今夜ルナ達と出かけるんで、キラさんも一緒にどうですか?…そう誘われたのは昼間のこと。
その時もまた、シンの友人達が遠巻きにこちらを見ていたのを覚えている。
でも…、と答えあぐねていたら、何故か苛々としたようなシンに引っ張っていかれてしまった。…そして今に至る。
「もしかして…楽しくなかったですか…?」
「違うよ!…そんなことないって」
しゅんと子犬のように耳を足らすシンに、慌てて首を降った。
「楽しかったよ、凄く」
「じゃあ何で」
「うん…まぁ…」
「キラさん」
ああ、理由を言うつもりは無かったのだけど。
彼があまりに必死に見えたから、ぽそりと呟いてしまった。
「…楽しかったから…、だから余計にいない方がいいかなって思って」
「…?」
でも、逆効果だったみたいだ。その視線がジトと絡んでくる。シンは益々追求の目になって迫って来た。
ホント、一直線なんだから。
子犬から一転、獲物を逃がさない目になった。
「…どうしてですか」
「いや、ね」
「はい」
「……うーん…」
「………」
「………」
はぁ…と溜め息が出た。…根負けした。
あのね、と呟き、はい、と頷きが一つ。
「……僕がいると、気まずいでしょう」
意識したことはないが、一応職位は上司だ。近くにいれば、普段の気安い雰囲気が壊れてしまう。
「話したいことも自由に話せなくない?」
「そんなこと…!」
「気を遣わせて雰囲気悪くなりそうだし…」
「そんなこと無いって!キラさんがいて空気悪くなったこと無いし!」
う〜ん?とキラは首を捻った。
「皆もあんまり近寄って来ないし…」
「…!…それは皆キラさんのこと…!」
「僕のこと?」
「…っ…、…な、何でもないです…」
そうして目線を逸らす。…やっぱり。
キラは自分の考えが間違っていないことを再確認した。
「シン、君も無理しなくていいんだよ」
「してないですって!」
「自然体ですって!」と叫ぶ後輩に、キラは「だって、シン…」と言葉を続けて、
「僕が近くにいると、君の空気が緊張するような気がする」
「!」
ほら、今も何だか固まった。
こんな仕事をしてると、嫌でも空気を読む力が身に付くもの。まして近くにいることが多い相手なら尚更だ。
更に言うなら、この後輩は『隠す』ということが苦手な部類の人間だから。…キラには、そのことが好ましく映るのだけれども。
俯いてしまったシンに、これは怒らせたかなぁ…とキラは思う。顔も心なしか赤い気がするし。
楽しかったひとときを壊してしまうのは本意ではない。未だ沈黙したままのシンを見て、ごめんね、と謝った。やっぱりここが潮時だ。
「誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」
それじゃあ、と背を向けようとしたら。
…ガシ、と肩を掴まれた。
「え?…ちょっ…シン?」
キラの腕を取り、ずんずんと仲間達の方へと歩き出してしまう。それから、彼らの声が聞こえるか聞こえないかという場所にキラ一人を残し、何やら言葉を交わし始めた。
遠くてよく聞こえないが、微かに聞き取れる内容は「人をダシに使ってんじゃない…」とか「一人占めするな…」とか、よく分からないことばかり。
それからやがてシンがキラに取って返した時、友人達はキラへぺこりと頭を下げて、去っていってしまった。ぞろぞろと、街の雑踏に消えていく。
キラ唯一人だけが状況も分からずぽかんと棒立ちになった。
「シン?何で?皆は?」
「…行きましょう」
「???」
本当にわけが分からない。
シンは再びキラの腕を取って歩き出した。
やがて辿り着いたのは、一際大きな円錐形の光のツリー。
蒼と白の輝きは、冬の冷たく透き通る空気に良く似合う。
思わず見惚れて、キラは立ち尽くした。
「……ここ、見せたかったんです」
隣に並んだシンは、顔を寒そうにマフラーへと埋めながら白い息を吐いた。
寒さのせいか、頬が赤い。
「皆は…良かったの?」
「あいつらは別に…」
寒い襟元を隠すよう服を合わせ、ごにょごにょと何かを呟いてから、
「俺は…キラさんと見られればそれでいい」
ぱちくりと。
キラは、紫の眼を瞬いた。
あまりにまじまじとその横顔を見詰めていたものだから、シンはハッとしたように顔を上げた。
「いやっ、キラさんここのとこ仕事ばっかで遊びにも出てなかったし!いい気分転換になるかと思ってルナ達に聞いたらっ」
キラの視線が耐えられないとばかりに口を饒舌にして、顔を隠そうと後ずさる。
それがあまりに必死だったから、キラも気が抜けてしまった。
「そっか…。……うん…連れて来てくれてありがとう、シン」
「……いえ…」
一歩分だけ近寄ってくれた後輩に、キラはまた笑った。
「あの…、別に…俺も皆も、キラさんが近くにいると嫌ってわけじゃないですから」
「ん?」
「確かになかなか話す機会なくて緊張しちゃうこともあるけど…。…あ、俺は普段一緒に作業出来るからまた違うけど!」
「うん」
「…えと…」
「………」
「……だから、気にしないで下さい…」
「…うん」
雑踏の中の不可思議な沈黙。
冷たい空気も、人の群れの中で何処か温かい。
視線の先で瞬く光は、温度のある色になってキラの眼に映り弾ける。
「綺麗だね」
「…はい…」
寒い時だからこそ、夜が美しい季節となる今。
光が渦巻き過ぎたこの大地。例え空に星が見えなくても。地上には、こんなにも沢山の光に溢れている。
傍らに駆けてきてくれる光の固まりのような後輩に、空を想う淋しさは消えていく。
「シン。…ありがとう」
振り返り、笑った。
…その先でまた彼は固まってしまったのだけど。
そんな、光のみち溢れる冬の空の下―――。