賑やかな子供達の笑い声。騒ぐ声。
たしなめる声は今日ばかりは立つこともなく、沢山の料理と飾り付けと笑顔がその部屋には満ちていた。
今夜はクリスマス。心が沸き立つ日。
共に暮らす子供達を主役に、パーティーが開かれていた。
興奮した叫び声にもなりつつあるその場を、キラは微笑ましく見守っていた。
そろそろ片付けを始めないと大変になるかなぁとのんびり思っていると、
「キラ」
「あ、こっちの片付けは僕がやるからラクスは休んでいていいよ。疲れてるだろ?」
パーティーの準備というよりは、はしゃぎ回る子供達の相手をしていたラクスだったから、きっと一息付きたいだろうと思ったのだ。
「私は大丈夫です。楽しく過ごすことが出来ましたから」
「そう?…でも」
「私のことよりも…」
「…?」
ラクスの視線が、扉へと向いた。
一瞬言わんとしていることが分からず首を傾げたが、…察するものが浮かび、ラクスの顔を見た。
「うん。ありがとう。…ちょっと席を外すね」
「はい」
冴え冴えとした満月の光が差す庭に。
テラスにぽつんと座る姿を見付けて、キラはゆっくりと近付いた。
「ごめんね、レイ。やっぱり賑やかなのは苦手だった?」
すとんと横に腰を降ろす。
「…いえ」
首を降る後輩だったけれど、その表情には陰が差しているように見えた。
その横顔を見て、キラは申し訳ない気持ちになる。やっぱり無理矢理過ぎただろうか…。
クリスマスの夜にレイを自宅に誘ったのはキラだった。
今夜は特に予定もないという返事だったから、じゃあ来て欲しいなと招いたのは自分。
騒々しい場所が苦手なのは分かっていたけれど…キラはレイを一人で宿舎に帰したくなかったのだ。
だが子供達の声で賑やかなリビングから姿を消して、こうして静かな庭に一人座っている様を見ると、合わなかったことはすぐに察することが出来た。何となく予想出来ただろうに。一人の方が気楽で、好きな人間だっている。
「ごめんね」
しゅん…と項垂れるキラに、「どうして謝るんですか」とレイは振り返る。
「いつもは有無を言わさず強引なくせに」
「…そうかな」
「自覚、無かったんですか?」
職位においては、多少の強引さが無ければ一癖ある連中を纏めることなど出来やしない。それを意識して行動していることは否定しない。…けれどあくまで、職務上の立場ならば、だ。今回は完全なプライベート。断るのに理由はいらない。
う…、と詰まるキラから視線を外し、「別に嫌いではないですが」とレイは続けた。
「貴方の強引さはいつも、空気を読んでのことだろうし」
「…?」
よくワカラナイとハテナを飛ばすキラに、レイは珍しく笑った。
「楽しかったですよ」
「本当に…?」
「慣れないから疲れはしましたが…、…温かかったから…」
耳を澄ませば、ここにも喧騒は聞こえてくる。
それは決して煩わしいだけではなく…。
「そっか…」
その言葉だけで、充分だった。キラもほっと笑った。
「それなら、良かった」
本当に嬉しいと微笑む瞳。それはとても幸せそうで…月の光を受け、紫の眼が鮮やかに色を弾く。
その姿を目にして、レイは少しだけ動きを止めた。…そして眩しそうに眼を細めた。
「寒くない?」
「大丈夫です」
季節を地球に合わせているから、ほんの少しだけ肌寒い。
冬の月光を受けて、レイの髪がきらきらと光って見えた。その色の薄い肌も、下がった外気に更に白くなった気がする。
「………、…ちょっと待ってて」
「…?」
そう、いいものがあった。
キラは家の中に入り、すぐに戻ってくる。
「はい。これをしてるといいよ」
ふわり、と。
キラはレイの首に真っ白いマフラーを巻いた。
「………」
「これで良し」
ああ、やっぱり冷えている。一瞬触れた金の髪はひんやりとしていて、余計に体温が低い印象を受ける。
「僕ので悪いんだけど」
「寒くありません。俺は別に平気です」
ほどこうとするレイを、
「いいから。レイ、見た目からして寒そうなんだもの」
「見た目?」
「というか、寒くても暑くても、気にしなさそう」
「………」
…やっぱり、強引ですね。
レイの呟きをキラは聞かなかったことにした。
「プレゼントの代わりに、良ければ貰って。…何も用意してなくてごめんね」
「プレゼントなんて…」
あ!まだ全然使ってないからそのマフラー!キラは慌ててフォローを入れる。
「早くに分かってればなぁ…」
もっとちゃんとしたのを用意したんだけど。勿体なかったと少し残念に思う。
レイがクリスマスの予定を何も入れていないことは、キラにとっては幸いだった。同時に、誘いに頷いてくれたことにも正直驚いた。何か贈り物を準備する暇が無かったことが悔やまれる。
「…俺は貴方から、いつも多くのものを貰ってます」
よく聞き取れずに、「ん?」と振り返る。
レイはただ首を降った。
「俺には何も返せない」
「いいよ。レイが家に来てくれただけで充分。それがプレゼントだと思ってるよ」
笑って空を仰いだその時、
「見て、レイ。……雪だ」
どんな計らいだろうか。
天頂に近くなり、星に近付いた大きな月からまるで降ってきたかのように。純白の雪が降りてきた。
温度の感じない陽炎のような雪を見上げて、レイは微かに白い息を吐いた。受け取ったばかりのマフラーをきゅっと握る。
その横顔を、キラは見詰めた。
…もう彼が、寒く無ければいい。
見守るように、ひっそりと祈りを込めて笑う。
「そのマフラー、あったかいでしょう」
「そうですね」
ラクスがおすすめしてくれたんだよね、と嬉しそうに話すキラは、気付かなかった。
隣にある体温で、もう充分温かいのだと…。
そう思ったレイが…―――微かに笑っていたことを。
テラスの硝子の覆いの下。
隣合わせに二人、空と、月と、雪を見上げる。
冬の星座は静かに彼らを照らしていた。