蛍二十日と夏一夜





地球の夜空の下。

木立の中に、笑い声が響く。
仲間達の、楽しそうにさざめく声。

キラ達はその夜、知り合いを集めて夜のひとときを過ごしていた。
今日一日、野外で思う存分夏の空気を味わい、今は不思議な夏の夜に包まれている。



そんな中、キラはふと……暗い林の間に小さな光の粒を見付けた。

一つ二つと、明滅する光はか細い線を描きながら、林の奥へと消えていく。


…―――――今のは…、


キラはそっと、仲間の輪を抜け出した。







さらさらと、小川の流れる音がする。
辿り着いた場所は、虫の声と木々の梢と川の流だけが鳴り響く不思議な空間だった。

月灯りも弱い中、その光は鮮やかに空を舞う。
葉に止まり、水辺から浮き上がり、風に揺られる蛍光色の軌跡。


儚いフローライト。


「やっぱり…ほたるだ…」

その清流は、蛍の群生地だった。

水の匂いがたつ、蛍達の生きる場所。
ここで生まれ、育ち、片割れとなるつがいを見付け、次に繋がる命を残して消えていく光。

キラは暫くの間、その光景に見惚れた。

この小さいまでの命は、短い一生を必死に生きる様を人に感じさせる。…そう思ってしまうのも、人間の傲慢なのかもしれないけれど。

その時、背後でカサリと音がした。

「キラ、あまり一人で」

アスラン、と振り返って呼び掛ける前に、この風景を視界に入れたアスランもまた息を飲んだようだった。

「…凄いな。……蛍、か?」
「うん。ここが住みかだったみたい」

いつの間にか姿が見えなくなった自分を探しに来てくれたらしい。ごめんね、と伝えるも、この景色に離れがたい気持ちが強くて、なかなか足が進まなかった。

それを察してくれたのか、アスランは微かに笑い、

「もう少ししてから戻るか」
「いいの?」
「問題ないだろ。なかなか見られない光景だ」

もう一人の訪問者のせいで俄かに光が騒ぎ、忙しなく浮遊と明滅を繰り返していたが、…やがては再び緩やかな軌跡に戻っていった。

「夏のいい思い出ができたね」
「ああ。貴重なものを見られたな」
「そうだね…。…蛍が光るのは、子孫を残すためだって聞いたことあるけど…」

自分達にとって、今見ているこの風景は美しくも幻想的な、ある年の夏の思い出。
…でも、ここにいる蛍達にとっては。

「この蛍は…今年が最後の夏になるんだね…」

蛍二十日。
そう呼ばれるほど、その命は短く儚い。
それを思えば、この風景は何処か物悲しく映る。

一瞬の線香花火のように、小さな命は気付かぬままに消えていく。それを現すように、一つ、また一つと光は夜の闇へと溶けていった。

何処か寂しい気持ちを抱えながら、残る光の行く先を見守っていたら、アスランがぽつりと呟いた。

「一夏しか生きられなくても、この蛍は俺達に思い出を残してくれたんだ。それを覚えていればいい」
「……うん」

小さな光であっても、誰かの記憶に残るなら、それは大きな奇跡の瞬きになるんだろう。


川のせせらぎが夜風と混じり二人の間を漂う。静かな月が、水面に揺れる白い光となって夜の一筋の道となる。

穏やかで、涼しげで、昼間の苛烈さが眠りに付いた夜の中。
林の奥でひっそりと…、…―――けれど確かな生命の螺旋は息付いている。



どれだけの時間が過ぎた後か。夜も大方更けた頃、蛍の姿も大半が消えていき、気付いた時にはもうただの小川だけが残された。

「そろそろ戻るか。あまり遅いと心配される」
「うん。……あれ?」

アスランに続いて背を向けた時、視界の隅に一つだけ光が過った。

それは、まだ一匹だけ残っていた最後の蛍。
まるで迷子の彷徨う残り灯。

キラはそっと、指先を掲げた。止まり木を見付け、何処かほっとしたように蛍はその人差し指の先へと止まった。

「このコだけ、片割れがまだ見付けられないのかな…」

たった一匹だけの、指先の光。
賑やかな命の輪から、一つだけ置いていかれたはぐれもの。

それが呼吸するように微かに明滅を繰り返す様を、キラは目を細めて見守った。

そして。

「あ…」

飛び立つ光。
人の手から離れていった生命は、夜の林の狭間をふわりと漂う。

そうしてやがて、…ただ一つ残っていた最後の光は、夜の中に消えていった。

「探しに行ったんだ…きっとな」
「そうだと、いいね」
「ああ。………帰ろう。皆も待ってる」
「…うん」

一度後ろを振り返り、すぐに前を歩くアスランの背中へと視線を戻した。


「ね、手を繋いでもいい?」
「な」
「なんか昔を思い出しちゃってさ。…ダメ?」
「………」

渋い顔をしながらも、それでも手を差し出してくれる、そんなアスランが好きだよ。

キラはそれを笑みに込めて、その手のひらを握った。



あの蛍は、無事に見付けられただろうか。
命を寄り添わせる、大切なパートナーを。

例え、自分だけが他とは違う早さで歩き出したのだとしても。その速度に合わせて、同じ歩幅で共に隣を歩いてくれる存在があるのなら。

きっと命は、歩いていける。

未来へと、繋いでゆける。



渡る光は命も渡し、残し、儚くも心に残り夏を終わらせていく。





優しい月に彩られた、夏一夜―――。







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