鳥は、自由への象徴だった。
大きく広い世界への、羨望だった。

見上げる空には、いつも切ないほどの憧憬があった。

そこに寂しい真実があることも知らずに…。





‡ 比翼の鳥達へ ‡






バサ…ッ


「…あ…」

不意に、少年の肩から緑の鳥が飛び立った。

感情など無い筈の、機械で造られた大切な宝物の鳥。
けれど時折、まるで自らの意思を持つように、主の傍を離れては空へと駆けて行く。

必ず戻ってくると分かっているから、その行き先に不安を感じることはないのだけれど。


「…―――――…」


こんなふうに際限のない外の世界の…、その空へと飛び立っていく様を見るのは、少し寂しい。

太陽の光を弾いて上昇していくその後姿を眩しく見送って、キラはそう感じた。


「羨ましいな…」

自分にはないものを携えて、自分では手の届かない世界に羽ばたいていく、その小さな生命が。

ぽつりと呟いて、…自分の子供っぽさに思わず苦笑した。



それでもただ、静かに空を見上げ続けた。


小さな小さな羨望の眼差し。
瞳を眇めてしまうのは、果たして太陽の眩しさにだけだっただろうか…。






その能力を頼りにされて呼び出されることもしばしばのキラだったが、今はその合間の休憩時間。
これからに備えて奔走する彼らの間を擦り抜けながら、キラは特に目的地もなく歩いていた。

部屋に篭ってしまうよりも、もうきっとしばらく見ることの叶わない地球の大地の息吹に、触れていたかったのだ。



途中、人のざわめきが僅かばかり薄らいだ場所に出る。

丁度良い木陰になっている建物の影に座り込み、向こう側で動いている人々を遠目で見詰めた。


もうすぐ自分達は、この地を離れる。


戦争の分岐は幾つも存在したけれど。
今回のそれは、多くの人々を巻き込み、共に同じ道を行く意味での分岐点。
いつの間にか同じ場所に集った人々は、掛け替えのない仲間となりつつあった。


ふとその中に、つい先頃から見慣れるようになった人を見つけて、自然、視線がその背を追った。


艦のクルー達にとっては、キラに次いで2度目になるだろうコーディネイターという身。
それでも、大きな弊害なく、彼はこの場所に受け入れられていた。

ここに集う人々の、差別意識の薄い人柄の為か。
それとも彼の天性の才能なのか。
かつての敵という意識はほとんど薄れ、気さくな会話を交わす仲となっている。


「………」


彼を見ていると、いつも漠然と感じることがある。…憧れにも似た感情のそれが。

かつての身を思えば、そんなにも簡単に、仲間という輪に収まるような立場ではない筈なのに。

周囲だけでなく、彼自身の持っている力。

きっとそれが何かあるんだろう。
まだ、仲間とは言えても友人とは呼べないから。その性格も掴めてはいないけど。
何となく、分かる気がした。



…風羽の音が、青空の向こうに木霊した。



「…―――…」


まるで貴方は、鳥のよう。
枷など、自らの力で外して羽根を広げられる、大翼の鳥。

それが何処か、羨ましい。




クルー達と笑いながら何かを話しているその人を、ただぼんやりと見詰めていたら。

ふと、彼は何かに気付いたように顔を上げた。

きょろきょろ辺りを見渡して、……やがてこちらに気付いたようだった。
話し相手と数度会話を交わしてその場を去り、キラの元へとゆっくりと歩み寄って来る。



お互いの顔がはっきりと分かる位の距離に来て、

「よ!」

と軽く手を上げた。

キラはそれを、小さな微笑と共に迎えた。





「妙に視線を感じるなと思ったけど、お前だったんだな」
「…視線…、感じました?」

さすがは軍人。人の気配には聡いものだ。
意識して強い訴えを込めた訳ではないけれど、自然、混じりこんでしまった何かがあったらしい。

「殺気だったら、もっとすぐに感じるんだけどな。…別に不快なものじゃなかったし?」

そう言って笑いつつ、彼も…ディアッカもまた、キラの隣にどさっと腰を下ろした。


「何か用だったのか?」
「いえ…、…特には」
「ふぅん…?」

納得しているのかどうなのか。
眉根を寄せつつ、キラの苦笑した横顔を見詰める。
…やがて、にやりとした笑みを浮かべた。

「何の用もないのに、あんなアツーイ視線を送ってたわけ?」
「あつ…?…何ですか?それ…」
「言葉通り。例え人の視線に敏感な職業でも、こんなに距離があったら普通、気付かないぜ?」

余程真摯な眼をしてなきゃな〜…と、面白そうに笑ってキラを振り返る。

真正面から覗き込まれて、キラは視線を合わせることに抵抗を感じるよう、逸らしてしまった。



「…で?…正直な所、何かあったんじゃないのか?」

そんなにも眼で訴えていたのだろうかと自分を振り返ってみるけれど、…所詮無意識のことだったので、思い出せる筈もない。

少しだけ眼を上げてみると、ディアッカは「ん?」…と首を傾け、言葉を待つよう静かにこちら見ていた。

しばしの逡巡の後、「わざわざ言うようなことじゃないんですけど…」という前置きをして、



「羨ましいなと…思って…」
「…?」


唐突に何を言われるのだろうと言いたげに、ディアッカは目を瞬かせた。



「貴方は、鳥みたいだから」


膝を抱えてキラは呟いた。
自嘲の笑みに紛れながら。


「…鳥?」

無意識に、ディアッカの視線は空へと映る。

無機質な建物だらけの上に、点のような形でそれはあった。
これからここが、惨劇の場に成るなどとは露ほども思っていないのだろう。優雅な飛翔を見せていた。


「何でそんなのが、俺なわけ?」
「…自分の行きたい場所に、自由に飛んでいけるような気がしたから…。貴方は、自分の意思で僕達の仲間になったんでしょう?」

身分も立場も、人種さえ。
しがらみに束縛されることなく。
制限されることなく。
葛藤もあったのだろうと思えるけれど、結局は自らの決断でここに在る。


それが、自由の象徴である鳥に、重なった。



「………。…バカ。そんなのと俺を、一緒にするなって」


不快に思ったわけではない。
何処か照れたような、しょうがない奴と言いたげな。
不安そうに笑う弟を、兄が宥めるような、そんな眼差し。


俺が鳥に似てる云々は別としてもだな、と頭を掻く。

「お前が俺に重ねて見てるのは、あくまでお前が憧れてる鳥の姿だろ」


自由に飛んでいける翼を持つもの。
それこそ、鳥に焦がれる者が真っ先に思い浮かべるイメージ。

象徴という名の、憧れ。



「鳥ってのは、本当は何よりも縛られたイキモノなんだぜ」
「…縛られた…?」
「鳥が空を飛ぶのは、ただそれしか生きていく術がないからだ」

知らなかったのか?と問えば、キラは首を傾げる仕草を返した。

「行きたい所に自由に…なんて、俺達が勝手に想像してるだけ。実際は、ただ自分達が生きていける場所を探して、転々と飛んでいるに過ぎないってこと」

「そんなものに、俺はなりたくないね」と笑って。
建物に組んだ腕と共に寄りかかって、本人にしてみればどうでも良いことのように説明した。



数回の瞬きほどの時間、その横顔を見ていたキラは。……やがて、空へと視線を向けて、呟いた。


「…何だかそれって…哀しいことだ…」


寂寥を交えた言葉を受けて、ディアッカはキラへと振り向いた。

少年はただ、静かに笑みを浮かべていた。
同情とも、愛惜とも、……それでも消えない、翼への憧れの眼差しを眩しく眇めて。



「………。…俺にしたら、お前の方が何倍も鳥に似てる気がするけどな」
「…?」
「本当の鳥の姿…って奴?」


仲間を導き、護り。
そして時にはその輪を離れて。

ただひたすらに、生きる為に翼を羽ばたかせる。……空に向かって。

気付かぬ者は、それを自由な旋回だと言うだろう。
澄んだ果てのない広さを、何処までも際限無く翔けていくのだろうと…。

けれど、それの何処に、一体真実が在るのだろう…?

自由へのはためきだと、思う心さえ…抱く余裕も志も抱けないほど、ひたすらに生きて。

…ただ生きる為だけに、空を翔ける。
見せ掛けのソラを舞う。



何よりも『生』に縛られ、幸福を感じる隙間など在りはしない。…それを疑う心すら、持ち得ない。


…―――――哀しい運命だ。


一つの居場所にずっと、留め置かれる籠の鳥と。
生きること以外に、その翼を広げることの出来ない空の鳥と。

果たしてどちらがより寂しく、そしてより幸せだと思えるのだろう?





キラは立ち上がった。

数歩歩いて、太陽の下で振り返る。



「鳥を、自由や解放の象徴として見ることは、凄く幸せだったり虚しかったり…、…色々な気持ちを感じられるけど」

色々な想いを、遠い空に描くことが出来るけれど。

「そんな鳥自身になりたいって強く思うことは、ただの逃避なのかも…しれないですね」



微笑みが、陽光の中に零れた。
…何処か、寂しげに見えるその表情と共に。



眩しかったのか、目を凝らそうとしたのか。
ディアッカ自身、瞳を眇めてしまったその理由は、よく分からなかったが。

ふっと…息を付くように自分もまた笑った。


立ち上がり、そしてキラの傍を擦れ違う寸前、軽くその肩を叩いて。



「俺達にはまだ、しなきゃならないことが沢山残ってる。……行こう」


自分達が行かなければならないのは、この空の遥か先。

この先の、未来なのだから。





眩い金髪の背を、紫の瞳は静かに見詰める。


「例え本当の鳥がどんな存在だったとしても…。…やっぱり僕には、貴方が鳥のような人に思えます…」



自由の象徴であり。

そして―――――導きのように。

鳥に重ねる面影は、それを想う人々の心の中、千差万別に生きている。
自らの中にある鳥へのイメージは、真実の姿と多くの想像の中の、ほんの片翼に過ぎない。


お互いに、お互いの憧憬を重ね合わせて。

人は、自らに欠けているもう一つの片翼を、きっと何処かに探しているものだから…。



ありがとう…と静かに微笑み、少年は目の前に続く道を、共に隣に並んで歩き出した。












『これからは、一緒に行けるんですよね』
『なんでそんなに、嬉しそうなんだ?』
『仲間が増えたからですよ』
『変な奴…』
『そう言う貴方も凄く生き生きしてますね』
『気のせい、気のせい』




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