::: 遥かなる翼と爪と眼差しと :::







「ああもう!何処だよ!!」

バタバタと、シンはザフトの軍基地を走り回っていた。

エリートの証とも云える紅服を使いっパシリにするなんて!
されてる自分もどうだかなと情けない思いを抱えてはいるが、逆らえない。
そういう相手からの言葉だから。

そしてそういう人間を探しているから。

艦内放送でも何でも掛けて呼び出せればいいんだろうが、何分探す相手は屋内にはほとんどいない。
引き篭もっての仕事を担当してるくせに、大概見付けるのは屋外の何処かだ。

監視用バルコニーだったり、作業用機器の中だったり、果ては製造中のMSの上だったり。
そんな所まで捜索の範囲に入れたら、走り回るしか無いだろう。

言動で振り回されることと行動に走り回されることと、どっちがマシなんだ?と思って空を見上げた所で、……影が一つ空に舞った。


…―――――鳥



視界に過ったソレをぼんやり見送っていたら、その軌跡の向こうに見知った枯葉色と白の服を見付け、再びシンは走り出した。

もう少しだけ走れば会えるから、もう息切れは収まっていた。



そうして彼を見付けたのは、地面よりも少しだけ背の高いコンテナの上だった。






「キラさん!!」



まるで潮風に流れたように、髪の一筋が揺れた。



「…―――、…―――――シン」

呼ばれたことに一瞬意識を取られたような顔をして、それから馴染みの者に会えた笑みを。

逆光で眩しくて、少しだけ手を翳してしまった。



「やっと見付けました。議長が呼んでます。早く行って下さい」
「そう、分かった。わざわざ来てくれてありがとう」
「ホント、そうですよ…」

ぶつぶつと言ってる間に、キラはコンテナから飛び降りてシンの横に立った。
「ん?」と首を傾げられる。

そうして見ると、本当に近いんだなと思ってしまう。
背の高さも。
目線も。
首をかしげる、その仕草の幼さも。


「いつもいつも、探す身になるこっちのことも考えて欲しいと思っただけです」
「そっか……、…ごめんね。今度あの人にも言っておくよ。シンを使わずに自分で呼びに来いってね」
「え。いや、それは」

何という大物発言をするんだ。この人は。

「それぐらいでイイんだよ。近くにいると不都合が生じるから」
「…?…近くにいないで、本当にそれで護衛の役目を果たしてるんですか」

弱く、彼は笑うだけ。

それに、何故か分からないが失敗したような気持ちになった。
ああ、またやってしまった。後悔先に立たず。罪悪は後から追い付いて来る。

キラがただ慣れた様に笑ってくれることだけが救いだった。

「公共に顔を出すような時には、あまり付いて行きたくないんだ。護衛ってのは只の口実みたいなものだから。それは向こうも分かってる」


……行こうか。


「あ…、待って下さい…!」


キラは振り返った。


「どうかした?」
「あの…、いや、…議長は別にそんな、急いでいたわけじゃなかったみたいだし…!」
「…?」
「そんなすぐに行かなくても…別に…」


何故か、会わせない方がいいんじゃないかと思ってしまったのだ。

まだこんな風に……例え少しであっても、表情が変わる今ならいい。
けれどもあの人の近くにいるキラ・ヤマトは、いつだって無表情。…似合わないのに。

上官(しかも特一)の命令に逆らうなんて、と感じたものの、嘘は言っていない。
どうせ、そんな切羽詰った急務ではないんだし…と自分に言い訳してみる。
「彼がいてくれれば助かるのだが」と議長が漏らしたのを聞いて、「じゃあ探してきます」と飛び出してきたに過ぎない。

さっきまで必死になってこの人を探していたのが嘘のような心境だが、このままこの人を連れて行くのも、何か…。


そんなシンを感じ取ったのか、キラはにっこりと柔らかく笑って、ありがとうと呟いた。

「じゃあ、シンのお言葉に甘えて、ゆっくりと行くことにするよ」
「…はい」


少しだけ、ほっとした。










向かう途中の道で。

「新しく造られてるMSにも、飛行能力を付けるって聞きました」
「うん。それだけの能力がないと、扱えないけどね」
「頭イイだけの人間ばっかりだと、俺も嫌ですよ」
「シンみたいな優秀な人が育てばと思うのは、贅沢なんだろうな」
「…えと」
「活躍は聞いてるよ。その度に、頼もしいと思う」

思わぬ賛辞に、顔を見られたくないと逸らす。
やばい……、どうしてこの人はこう。

「優秀な人間なんて後からも育ってます…」

そうだね、と笑う。

「でも、優秀の意味を履き違えてしまう人間にだけは、なって欲しくない」
「え…」
「僕は、シン達を信じてるよ」

信頼。
褒め言葉。
嬉しい……と、思う。

けど、何だか、少し。

キラはシンの目を見た。

「力ばかりでも駄目だと云うだろう?」

それは…、と、………呟き掛けて。

過ぎった爆風と崩壊の音に、キリと顔も眦も引き締めた。

「けどやっぱり、力はあった方がいいに決まってます」
「………、…そうだね」

「?」と思って横顔を見れば、キラはその視線を空へと向けた。



…―――――鳥が、一羽。



さっき見た鳥だろうかとふと思ったら、


「気持ち良さそうだなぁ…」


眩しそうに眼を細めて、…まるで嬉しそうに。
それに。

「……羨ましいんですか?」
「ん?」
「え、いや、だ…だっていつも、肩に鳥型ロボットを乗せてるから…」

純粋な顔で振り返ってこられて、焦ってしまった。

「いっつも、高いところにいるし…」

もごもごと言い募ったら、キラは「う〜ん」としばし目線を上へ。
顔が何となく楽しそうに浮いている。
「え゛」と思ったら、

「高い所が好きなのは煙と何とやら。僕を馬鹿にしてるのかな?」

「ん〜?」と目も口も笑って顔を覗き込んでくる。

「ち、違いますから!…だから違うって!!」

近付くなー!!と足が一瞬にして後退。
真っ赤になった顔はさっきの比じゃないだろう。

それにキラは悪びれもせずカラカラと笑っていた。

「シンは面白いなー」
「んなっ」
「やっぱり後輩がいるっていいね。先輩風を吹かせられるし」

上機嫌だ。
悔しい。
言い返せないのが尚更悔しい。

眉間の皺を深めて無言で唸っていたら、

「そうだね。先輩として一言、アドバイスするなら…」

笑う表情そのままに、今度は雰囲気を変えた。


笑っているのに、………遠いような。


「僕としては、シンには鳥の目を持って欲しいと思うよ」

「鳥?」

何のことだ。

「俺、これでも結構射撃の腕はいいんですけど」

普通にしていたって、自分達は常人よりも視力やそれに伴う動体視力がいいのだから。
…そりゃあ、この人に比べれば劣るのかもしれないが…。
劣等感とは言わないまでも、悔しい気がして憮然とすると、

「そうじゃないよ」
「は?」
「…追々、分かってくれればそれで」

相変わらず、黙して多くを語らない人だ。
謎掛けみたいで、時々不思議人間を見ている気になってくる。

議長やレイなんかとは、それなりに合っているみたいだが……そう思うと、益々ムッとしてきた。



そうしてキラは、更に不思議で達観者のような言葉を残す。





「君が今求めているのは鳥の爪だろうから。それでもいつか、翼や眼も養ってくれることを願うよ」







…―――――遥かに空を、見上げた。
















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