‡ 太陽抱く ふたり ‡





「…珍しいね。こんな所で読書?」

草原の渡る丘に寝転んでいた青年の上に、ひょいと影が落ちた。

逆光で相手の顔は見え難かったけれど、鮮明な彩りを魅せるその眼差しの色だけは、影の闇の中でも鮮やかだった。

「俺がこんな所で大人しく本読んでるのが、そんなに可笑しい…ってか?」

笑いながら応えれば、上に乗っていた影は、その横へするりと滑り降りた。

少年が草原の上に座り込んだ拍子に、夏の風を含んだ緑の馨りが、ふわりと舞い降りる。
土の香りとも草の香りとも呼べるそれが、暖かな日差しと混ざり合った。



「読書をしているってことは別としても…」
「…?」
「この場所でこうしていることは、ある意味、貴方に似合ってる」


不思議そうに眼差しを上げれば、目線が同じ場所に見えた。

少年も…キラもまた、草原の上に横たわったのだ。



「貴方にはきっと、太陽が似合う」



耳に心地良い、微風のような声。

そっと目を向ければ、互いの顔は、驚くほどに近い。



「…綺麗…。…太陽が降りて来たみたいだ」

伸ばされた指の先には、光を弾く金色の髪。

キラは、恍惚とするようにゆっくりと目を閉じた。その温もりを抱き込むように、ディアッカの髪の一房に触れたまま。
身体をくの字に丸めて、大地の原に蹲る。



身体はこそばゆく、心は何処か面映い。

見上げた視線の先。
草の波を渡る風に流されて、温もりに満ちた茶色の髪がサラサラと額から零れ落ちていた。

その向こう側には、幸せそうに両の瞼を閉じている少年。
見ているだけで、こちらまで幸福の光の中に包まれるような。

ふっと…自分の表情が緩むのが分かった。

これは、幸せのまどろみだ。

「太陽ってお前に言わせるほど、俺の髪を気に入ってくれたってことか?」

仄かな幸福の空気が言わせた、無意識の台詞。
自分が笑っているのが分かるから、きっと今俺は嬉しさを感じているのだろう。

そうだよ…と、瞳を開けた少年は微笑う。

「そうやって笑う仕草も、太陽みたいに暖かいもの」

緑の香り高い夏はもうすぐ終わる。
それでも、そよぐ風はまだ温かい。

心にまでその温もりを感じるのは、きっとこの景色だけのせいじゃない。

まるでそれを確かめるように、もう一度目を横へと向ければ。
一足先に、すいっとその菫色の瞳は空へと逸らされる。

キラは澄んだ青空に人差し指で円を描いた。
見えない景色の向こう、虚空に鳥が旋回したような仕草で。

「月はさ…イザークだと思うんだ。それから地球は…きっとアスラン」

冴え凍るような銀月の冷たさと、青く温かい生命の星。
そこから降りてくるイメージは、キラの中でそう転じられた。


ならお前は…。


「ん…?」
「…いや、何でもない」



…―――――お前はきっと、宇宙だな。


太陽も月も地球も飲み込んで。

何処までも広く深いその腕には、それでも多くのものを包み込み、懐へと抱くのだろう。

それを許しても尚、静かに、穏やかに、『彼ら』の運命を見届ける。

哀しい程の残酷さと冷たさを持つもの。
温かい希望の光を駆け巡らせるもの。
時折それらを交ぜ込み、混沌のような眼差しを掲げるもの…。

太陽も月も地球も。
結局はその場所でしか生きられない。存在することを許されない。傍らに在りながらも、何処までも遠い深遠。

何処までも深い深い、白も黒も、光も闇もその渦中に抱く、混沌の宇宙だ―――――…



そんなことを漠然と思いながら、横に視線を流してみる。

不意に角度を変えた少年のその瞳は、不思議な色に見えた。
皆が評する紫水晶とも、灰色とも…最奥の光にまで届かない程の、深い深い闇色とも…。



見詰める先で、やがてそれはゆっくりと閉じられた。
勿体無い…と馬鹿なことを思いつつ、ディアッカもまた再び空を見上げる。

秋の澄み渡ったそれに近い、青。
あまりに蒼穹が澄んでいて、白い雲すらもただの霞に見えてしまう程に。



「…幸せ…なんだよなぁ…」


不意に零れてしまった言葉。


「貴方が言うと、やけに暢気に聞こえる…」


ぱちりと開けた眼差しと共に、そう言って笑う声。

ディアッカは、伸ばした手でキラの髪を乱暴に掻き混ぜた。
「わ…っ」と目を閉じる少年を横目で見て。

「…お子様は静かに眠ってナサイ」
「僕、ディアッカとそう歳は変わらないんだけど…」
「実年齢より精神年齢、ってね」
「すっごく失礼…」
「じゃあ、もう一つオマケに外見年齢をプラスしましょうか?お姫サマ」

ムッと歪められた顔を見たと思ったら、キラは素早く起き上がった。
そして、いつの間にか投げ出されていたディアッカの本を掴み取り、

「じゃあ、大人なお兄サマは大人しく本でも読んでいて下さいね…!」

バサッと持ち主の顔に開いて押し付けた。

今度声を上げたのはディアッカの方である。
慌てて顔の上の本を持ち上げようとして、…不意に感じた身体への重み。

本を滑り落としつつ、視線移したら。



そして…―――…苦笑するような…困ったような笑みを浮かべることとなった。





「失言のお詫びに、枕代わりになってよね」

「はいはい。…仰せのままに」





何処までも温かく。
燦々と照らす太陽の光。
それはいつだって、果てない宇宙の常闇を照らす一条の光。

けれど宇宙は、全てを包み込み、安らぎの癒しを与えてくれる。
苛烈な熱さを温かなものへと変えてくれる。



たまには、太陽が宇宙を抱えていても、構わないよな?

そんな詩人のような考えを浮かべて、彼は笑ってしまうのだった。

















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