戦争も取り敢えずは収拾を見せ、一時の平穏の中にある今。
戦時下での緊張感も大分薄らいだ頃、忙しない日々から自由に過ごせる時間が随分と増えたものだった。

プラントの恵まれた気候の中にある広場の一角。
地面の芝生と背中の木が、心地好い涼風を運んでくる。
そんな場所で、イザークは一人静かな空間を楽しんでいた。


そんな時に感じた、誰か、人の気配。


気のせいかとも思ったが、消えない感覚に眉を寄せて視線を上げた。
目の前には人工の湖が微かに見える程度で、何もなかった。


…いや、視界の左隅に、何か動くもの。



「………キラ・ヤマト……」



眉間に皺が寄る。

両軍の橋渡しと歌姫の護衛の為に、よくプラントを訪れているのは知っていた。
ただし、公的な場でのみだ。

横目でだけ相手を見れば、少しだけ戸惑うよう様子で未だそこに立っている。

このまま反応を返すのも癪だったので、イザークは気付かない振りをして視線を逸らした。


軍人とも思えないほやほやオーラで、敵であった人間達との友好的な関係を築いていくのが気に食わない。

まして、自分までもが馴れ合いたいなどとは思わない。何度か職務中に会うこともあったし、向こうも話しかけてこようとしたが、全て一睨みで拒絶していた。

近々、歌姫一行がプラントに来るということは人伝いに聞いていたが、何故私的な場であるここにアイツがいるのか…。
例え偶然だとしても、わざわざこっちに気付いで、いちいち手を振らなくても良いものを…。


そんなことを考えながら視線を戻してみると、そこにはもう彼の姿はなかった。

「………」

今までのざわめいていた心が静まった気がした。…安堵感とでも言うのだろうか。
嘆息して視線を元の位置に戻す。







「あの…、イザークさん…?」


…何故そこに立っている。

一歩引いた場所、斜め後ろから恐る恐るといった声がそっと届いた。
近付いてくる気配など全く感じなかった。


「…何の用だ」

返事が返ってきたことに背中を押されたのか、更に一、二歩近付いてきた。

「いえ別に用は無いんです…けど…。丘の上に貴方を見掛けたんで…」

しかしそれ以上は、イザークが無意識に出している人を寄せ付けないオーラの壁に阻まれて、近寄れないでいる。

イザークとて、これ以上は近寄って欲しくも、関わり合いになりたくもない。
相手にするのも、会話をすることも…目を合わせることすら面倒で鬱陶しい。

そう思って、キラに一瞥だけをした後は、そのまま目を閉じようとした。



…が、不意に動いた空気。


何だと思って目を開ければ、すぐ近くに自分を見下ろすキラの顔があった。

「あ…、え…と……」
「………」
「ごめんなさい…」

何故か謝っている。
取り敢えずはそうしておいた方が良いと感じたらしい。

「…何だ」

怒り出すこともなく答えが返ってきたのが嬉しかったのか、パと顔を上げる。…が、視界に入ったイザークの不機嫌そうな顔に、逆に縮こまってしまう。

しかし、めげない。


「あの…、その傷痕って…、…僕が付けた」
「だからどうした」

キラの戸惑いは更に増す。

「すみません…でした」
「………」

無言で相手を睨み上げながら、その姿を視界に捉えるイザーク。
おどおどとした態度に、自分が当時描いていた想像とのあまりの差に、不機嫌はいや増す。

何を今更…。

「あの…。イザーク…さん…?」
「敬語を使うな。気持ち悪い」

そう言って、そのまま顔を背ける。

キラは数瞬戸惑った雰囲気を出していたが、それでも場を去ろうとはせず、…戸惑いながらイザークの近くに腰を下ろした。
背を預けている木を軸として、背中合わせになるように。

それでも、何処かへ行けとは言わなかった。
それにほっとしたような気配を相手から感じられて、尚更苛立ちは増した気がしたが、イザークは何も言わずに瞑目した。










キラは空を見上げた。

造られた衛星だと云うのに、風の柔らかさも清らかさも、…温かさも変わらない。
ここにも、懐かしい故郷と同じ匂いがする。


その平和な気候と太陽の眩しさに、僅か、心が緩む。はっきりとした拒否の言葉がなかったことが、少しでもキラとイザークの距離を縮めたのかは分からないけれど。

キラはそっと話し掛けた。

「あの…その傷ってまだ痛んだりしますか…?」

その痕が、自分とイザークを隔てる象徴のような気がしていたから。
どうしても、気遣わずにはいられなかった。

「………。……痛いと言えば、貴様は何処かへ消えるのか?」
「え…」


抑揚のない声。
いろんな意味で、感情の読めない声だった。





やっと静かになったか…とイザークは思った。

近くに在ることを今更拒絶する気はないが、言葉を交わすことを認めた訳じゃない。

しかしその態度がイザークには予想外の展開を生み出した。

ふわりと風の薫りがしたと思ったら、



「!」



今度こそ、確かな温もりがイザークの顔に伝わった。


「あ…!ご…ごめんっ」

バッと、あまりに険しい表情で振り向かれて、キラは竦んだ。



そっと触れてきたのだ。

この、残る傷痕に。



「貴様…っ、さっきから一体何がしたいんだ…!」

全く理解不能だ…!
最早、腹立たしいのか、怒り狂いたいのか分からない。
ただ本当に、自分とは対極の、相容れない人間だと改めて感じる。…行動が読めなさすぎる。

「そんなに、この傷を馬鹿にしたいのか?」
「違うんだ…!そうじゃなくて…、僕は」
「言いたいことがあるならはっきり言え!」
「その傷、早く治るようにって思って…」

イザークの顔が益々不審そうに歪む。

「それとさっきの行動、どう関係あるんだ」
「………。…傷痕に手を当てるといいって…聞いたから…」
「………」

無表情のまま……イザークは動きを止めた。

外されることなく真っ直ぐと真正面から見返される、冷えたアイスブルーの瞳。
いつもは興味がないとばかりにすぐ逸らされてしまう筈のそれが、今はキラの瞳を真っ直ぐに貫いている。

それがキラにとって、更に焦りを感じるプレッシャーとなったらしい。
あたふたと、説明を補足するよう言葉を繋いだ。

「だからほら、よく言うじゃない…!怪我をしたところに手を当てると、治りが早くなるって…!」


俗に云うマザーズハンドという奴だろうか。


「…馬鹿か、お前」
「………」
「それは、病気になった時、母親が患部に手を当てると痛みが和らぐ、というものだ」
「………」
「俺のこの傷の痛みなど、とうにない。それに、別に傷が癒えるのが早くなるわけじゃない」
「でも、僕はよく母親にして貰っていたし」
「それはもしかして『痛いの痛いの…』とかいう奴じゃないだろうな」
「………」
「………」
「………」
「………ガキ」
「〜〜〜っ!!」

耳までが一瞬にして茹で上がり、勢いよく顔を背けた。
恥ずかしいやら何やら、言い訳することも反論することも出来ずにキラは年相応の表情を晒していた。


その、言葉通りの子供っぽさ。

それを見ていたイザークは。


…幸か不幸か、必死に顔を見せないよう逸らしていたキラには、その時のイザークの表情を知ることはなかった。




やがて耐えきれなくなったのか、キラは立ち上がった。

イザークはそれを見て、その向こうに見覚えのある同僚達の姿を見付ける。
こちらへと…正しくはキラに向かって、手を振っている。

迎えが来たか…。

キラに視線を戻そうとしたら、



「今日は本当にスミマセンでした!」



ぺこりと頭を下げてくる。

それから勢いよく顔を上げて睨んできたキラに、イザークはほんの少しだけ驚き、



「でも僕はガキじゃありません!貴方と一つしか違わないんですから!」



そう真っ赤な顔で叫び、ダッと踵を返して駆け出していったキラを呆気に取られて見送った。


「え…っ、ちょっ、キラ!?」と戸惑う親友の腕をひっつかみ、脱兎の如く走り去ってしまったのだった。








代わりに近寄って来たのは、ディアッカとニコルだ。

さっさと立ち去りたいと云わんばかりに走り去っていったキラと、戸惑いの言葉など完全無視で連れ去られていったアスラン。
一体何だ?という目をしていたものの、2人を引き留めずに見送った。



「何なんだ?あの2人…」
「さっきまでここにいたのって、キラ・ヤマトさんですよね」
「おい、イザーク。お前らが一緒なんて珍し…い…」

不自然なほど言葉の切れたディアッカに、ニコルの不思議そうな顔が向けられる。

「どうしたんですか?ディアッ…」

ふと移したイザークへの視線の中で、ニコルもまた固まった。

2人ともそれから数秒、目が離せなくなって……正確に言えば凍って外せなかったのだが……時を止めていた。

それを打ち破ったのは、その2人を彫刻にした張本人。

「何だお前ら?何を固まっている」

くるりと2人は後ろを振り返った。
内緒話をするように肩を寄せ合う。

「見なかった…俺は何も見なかった…!」
「うわぁ…!夢にまで出てきそうです…!」
「おい、お前ら…」

イザークが声を掛ければ、やましいことは何もないですよーとばかりに2人は清々しい笑みで振り返る。

「いや!何でもないぜうん!」
「はい!僕達は何も見てませんから!」
「は?何を言っている?」
「そ、それよりも、さっきまでここにいたのってキラさんですよね?珍しい組み合わせでしたね!」
「そうそう!お前大体いっつもあいつのこと避けるしな!だから今日昼間も来なかったんだろ!」

声は限りなくどもり気味。

「別に関係ない。今回だって、あいつが勝手に来て勝手に去っていっただけのことだ」
「そ、そうですか…。でもどんなこと話したんですか?」
「お前とキラ・ヤマトって、会話が成立しなさそうだけどな…」

大体が一方的に喋るか、一方的に拒否オーラを出して黙らせるか。
ディアッカの予想はほぼ的中している。

「特に話なんてしていない。……ただ…」

僅かに緩和した常駐の刺々オーラに、2人はぞわりと嫌な予感を覚える…。

「…た…ただ、何だよ?」

「あいつの予想外のガキっぽさを知ったがな」


「「うわぁ〜〜!?!?」」


叫び声が再び。





「俺らが悪かった!頼むからそれ以上話をしないでくれ!」

「イザーク!貴方僕達の心臓を止める気ですか!」

「何なんだ…お前らはさっきから…」











始まりはそんな、眩しい光の下で。
















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